2012年10月02日

Coffee Breakヨシュア記・士師記・ルツ記・サムエル記401 勇士の条件(第Uサムエル記23章13節〜17節)



 三十人のうちのこの三人は、刈り入れの頃、アドラムのほら穴にいるダビデのところに下って来た。ペリシテ人の一隊は、レファイムの谷に陣を敷いていた。(第Uサムエル記23章13節)
 そのとき、ダビデは要害におり、ペリシテ人の先陣はそのとき、ベツレヘムにあった。(14節)


 聖書には、三勇士とダビデとの邂逅(かいこう)も書かれています。
 サウルがダビデの命をねらっているとわかった直後、ダビデは、ペリシテ人の王アキシュのもとへ避難します。ところが、アキシュの家来たちに見破られて、狂人のふりをし、そこから逃れて、アドラムのほら穴に身を避けるのです。このダビデの隠れ家に、彼の名をしたって、人が集まり始めるのです。(Tサムエル記22章1節2節)
 なんといっても、ダビデは、敵ペリシテ軍の勇士ゴリアテを倒し、イスラエルの窮地をしのいだイスラエルの英雄です。かつて、「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った。」と、イスラエルの女たちが歌い、はやし、それがサウルの妬みをかったのです。(Tサムエル記18章6節〜9節)

 この聖書箇所には、地理的理解も必要かと思われます。アドラムは、地図で見ると、ユダの領土の中、ベツレヘムから、西南二十キロほどの位置にあります。また、アキシュのガテは、その延長線上西南二十キロほど先にあります。レファイムの谷は、ベツレヘムとアドラムの間にあったのでしょう。このあたりは山岳地で、しかも、三千年昔の森や荒野ですから、現代では、ごく近いと思われる二十キロの道のりも、往来に難渋するような場所だったのではないでしょうか。

 この時、レファイムに陣取っていたペリシテ人と戦っていたのは、ダビデではなく、サウル王だったにちがいないのですが、その軍の先陣はベツレヘムに達していたのです。
 サウルは、王になってからも、ベニヤミンのギブアを本拠にしていたようです(Tサムエル記15章34節)。
 ギブアは、ベツレヘムから10キロあまりところにあるのですから、ペリシテ人は、イスラエルの王の本拠に迫っていたのです。

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 そのとき、ダビデは要害におり、ペリシテ人の先陣はそのとき、ベツレヘムにあった。(14節)
ダビデはしきりに望んで言った。「だれか、ベツレヘムの門にある井戸の水を飲ませてくれたらなあ。」(15節)
 すると、三人の勇士は、ペリシテ人の陣営を突き抜けて、ベツレヘムの門にある井戸から水を汲み、それを携えてダビデのところに持って来た。ダビデは、それを飲もうとはせず、それを注いで主にささげて、(16節)
 言った。「主よ。私がこれを飲むなど、絶対にできません。いのちをかけて行った人たちの血ではありませんか。」彼は、それを飲もうとしなかった。三勇士は、このようなことをしたのである。(17節)


 ダビデという人は、どこか愛すべき幼さがあるようです。厳しい避難生活の中で、「おいしい水が飲みたい」と、思わず漏らしてしまうのです。今日でも、飲み水にこだわる人はたくさんいます。画一的な水道水と違って、泉や井戸によって、水の味は、はっきり違っていたのでしょう。それは、故郷のなつかしい思い出と結びついて、ときに、望郷の念をきわだたせたに違いありません。
 ダビデの思いを知った三勇士は、また、まっすぐに忠実な人たちです。彼らは、敵陣を突破してベツレヘムに行き、水を汲んで持って来るのです。
 ダビデは、家来たちの一途な行為に感動し、水を神に注いでささげたのです。

 ここは、美談として解説されているところです。私も、もちろん、「美しい話」だと思います。同時に、勇士の資格とは、たんに、強いだけではないと語られている個所だと思います。自分の「強さ」を、何のために用いるのかが重要なのではないでしょうか。





posted by さとうまさこ at 09:25| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする