2012年10月05日

Coffee Breakヨシュア記・士師記・ルツ記・サムエル記405 ダビデの人口調査2(第Uサムエル記24章)


 
 なんだか「上から目線」で物を言うようで申し訳ないのですが、私たち人間は、じつにどうしようもない罪の性質をもっています。すぐにうぬぼ(自惚)れるのです。いやいや、自分は謙遜であると思っていたことがあります。「自分はダメだなあ」と自己嫌悪に陥ったこともあります。自分一人で自分の家にいる分には、自分はそこの女主人ですが、そうもいかないのです。仕事もしなければならないし、人と付き合いたくなります。買い物もしなければなりません。何かを食べなければ生きていけません。そうして、やがて、いつか死んでしまいます。それで、若い頃は、「何のために生きるのだろう」と悩むのです。

 せっかく生まれてきたのだから、何か良いことをしようと発奮します。世のため人のために生きるのだ!
 自分の命のあかしを残すような仕事をしたいと野心をもちます。生きがい、自分探し、自己実現こそ人生だと思います。

 私たちはすぐに自惚れるのです。私がそうだと言うべきでしょう。もちろん、今はそんなことはないと思っていますが、果たしてどうでしょう。年齢を重ねて(なんといやらしい表現でしょう!)だんだん自分の生命力が目減りしているのは、動かせない事実です。でも、若い頃は、このまるで水際立ったところのない女の子であった自分さえ、ものすごい自惚れ屋だったのです。

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 ダビデは、客観的に見ても、水際立った少年でした。
 エッサイの家の八男坊で、家族は彼を軽く見ていたかもしれませんが、羊飼いとして優秀でした。羊を盗まれたときには、相手が熊でも獅子でも追いかけて行って打ち殺し、その口から羊を奪い返したのです。彼の石投げ器を使う能力は抜群で、もしオリンピックがあったら、金メダル間違いなしです。その能力をオリンピック並みの大舞台で発揮したのです。敵の勇士ゴリアテを小石一個で倒し、敗色濃いイスラエル軍を勝利に導いたのです。オリンピックも国威発揚と仮想戦争のように言われることがありますが、この時は、イスラエルとペリシテの本物の戦争で、イスラエルの死活がかかっていました。

 ダビデはまた、音楽家でした。その琴の音が、遠くベニヤミンのサウル王の側近にまで聞こえるほどの名手でした。詩人で作曲家でした。今で言えば、演奏力も抜群の、クールなシンガーソングライターです。さらに、姿かたちも美しかったのです。(Tサムエル記16章12節)

 決定的なのは、イスラエルの神、全知全能の主から、王として選んでいただいたことです。
 もっとも、じっさいに、王としてイスラエルを支配できるようになるまでには、さんざんな苦労があって、すっかり作り変えられるほど砕かれたのです。神信仰は、預言者として神のことばを直接聞くことができるほどでした。(もちろん、お抱え預言者もいましたが)

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 そのダビデが、ふと、神を忘れたのでしょうか。イスラエルの人口調査を思い立つのです。イスラエルは神がお建てになった国で、イスラエルのすべての民は神のもの、カナンの各部族の相続地も神が割り当てられたものです。
 イスラエルはモーセの下で、過去二度人口調査を行っています(民数記1章2章、26章)が、いずれも神のご命令によるものでした。もちろん、実際的な目的もありました。神の国を守るための軍を編成することと、神政政治を維持する祭祀制度国家のための納税です。

 第Uサムエル記24章では、ダビデが人口調査をしたくなった理由が書かれていません。もっと税金を集める必要に迫られたのでしょうか。兵を増やして国家を強くしたいと思ったのでしょうか。
 そうだとしても、ダビデは、それを自分で決めてはならなかったのです。イスラエルの主は神ご自身だからです。
 「王なら何でもできる」、つまり、「王の権力の重さを、手の平にのせてを楽しめ」と、サタンのそそのかしに屈した瞬間、彼は罪を犯したのです。





posted by さとうまさこ at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする