2012年10月11日

Coffee Breakヨシュア記・士師記・ルツ記・サムエル記411 アラウナの打ち場(第Uサムエル記24章17節〜25節)



 「罪を犯したのは、この私です。私が悪いことをしたのです。この羊の群れがいったい何をしたというのでしょう。どうか、あなたの御手を、私と私の一家に下してください。」(第Uサムエル記24章17節)
 その日、ガドはダビデのところに来て、彼に言った。「エブス人アラウナの打ち場に上って行って、主のために祭壇を築きなさい。」(18節)
 そこで、ダビデはガドのことばのとおりに、主が命じられたとおりに、上って行った。(19節)


 エブス人とは、もともとエルサレムの要害に住んでいた異邦の民です。ダビデは、エブス人の要害を攻めて、陥落させ、エルサレムを都とします。(第Uサムエル記5章7節〜9節)以後、エルサレムはダビデの町(※)と呼ばれるようになったのです。

 当時のエルサレムはとても小さかったようで、新改訳聖書掲載の地図を見ると、長径五百メートル、短径百メートル余りの長方形です。アラウナの打ち場は、その都から、五百メートルほど北にありました。

 アラウナが見下ろすと、王とその家来たちが自分のほうに進んでくるのが見えた。それで、アラウナは出て来て、地にひれ伏して、王に礼をした。(19節)
 アラウナは言った。「なぜ、王さまは、このしもべのところにおいでになるのですか。」そこでダビデは言った。「あなたの打ち場を買って、主のために祭壇を建てるためです。神罰が民に及ばないようになるためです。」(20節)


 当時は、人間世界では力関係がすべての時代です。エブス人は、ダビデに敗北して、シオンを追い出され、その周辺に住んでいたのでしょう。隷属民となれば、できるだけ、低姿勢で、支配する側と波風を立てないで共存するしかありません。
 アラウナが、王の姿を認めて、地にひれ伏す姿には、そのような隷属の民の姿がうかがえます。
アラウナにとって、ダビデの用件は意外なものでした。祭壇を建てたいから用地を譲ってほしいと言うのです。

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 アラウナはダビデに言った。「王さま。お気に召す物を取って、おささげ下さい。ご覧ください。ここに全焼のいけにえのための牛がいます。たきぎにできる打穀機や牛の用具もあります。(22節)
 王さま。このアラウナはすべてを王に差し上げます。」アラウナはさらに王に言った。「あなたの神、主が、あなたのささげ物を受け入れて下さいますように。」(23節)
 しかし王はアラウナに言った。「いいえ。私はどうしても、代金を払って、あなたから買いたいのです。費用もかけずに、私の神、主に、全焼のいけにえをささげたくありません。」そしてダビデは、打ち場と牛とを銀五十シュケルで買った。


 隷属民とは言え、アラウナは、心の清い人だったのです。エルサレム郊外まで疫病が襲ってきているのは彼も知っていたでしょう。その疫病を王は自分の責任だとして、神に祭壇を築き、いけにえをささげるのだと言うことを、即座に理解したのです。そのような神事のためなら、自分の地所を寄進し、牛や打穀機をささげますと、申し出ることができたのです。
 今で言えば、自分の住まいや仕事も投げ打って差し出すような大きなささげ物かと思われます。

 しかし、もちろん、ダビデは、自分こそ犠牲を払うべき人間であることを知っていました。

 こうして、ダビデは、そこに主のための祭壇を築き、全焼のいけにえと和解のいけにえとをささげた。主が、この国の祈りに心を動かされたので、神罰はイスラエルに及ばないようになった。(25節)

 やがて、この祭壇は、大きな神殿に代るのです。


  ※イエスさま誕生の時代には、ベツレヘムが「ダビデの町」と呼ばれています。








posted by さとうまさこ at 09:38| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする