2012年10月16日

Coffee Break歴史の書415 T列王記(2) アドニヤ(T列王記1章4節〜6節)



 強烈な指導者の跡継ぎ問題が取りざたされるのは、歴史の常でした。巨大な権力と富のある所では、サタンも働き甲斐があるのでしょう。魅力たっぷりのポジションをわし掴みにしたいという人間の心には、すでにサタンが棲みついています。
 権力者の全盛期には、あとを狙う人間たちもおとなしくしています。サタンが、「それ行け。今だ!」と、追い立てるのは、権力者が弱って来たときです。

 この娘は非常に美しかった。彼女は王の世話をするようになり、彼に仕えたが、王は彼女を知ろうとはしなかった。(T列王記1章4節)
 一方、ハギテの子アドニヤは、「私が王になろう」と言って、野心をいだき、戦車、騎兵、それに、自分の前を走る者五十人を手に入れた。(5節)
 ――彼の父は存命中、「あなたはどうしてこんなことをしたのか」と言って、彼のことで心を痛めたことがなかった。そのうえ、彼は非常な美男子で、アブシャロムの次に生まれた子であった――(6節)


 ハギテとは、ダビデの妻の一人です。ダビデには、名前がはっきりしているだけで八人の妻がいます。最初が、サウルの娘ミカルです。ミカル以外には、子もいます。イズレエル人アヒノアムの子アムノン。山の要害にいたダビデと結婚したアビガイル。彼女には、キルアブと言う息子がいました。つぎが、マアカの子アブシャロム。その次の妻がハギトで、ハギトの子がアドニヤです。ほかに、アビタル、エグラで、それぞれ、シェファテヤ、イテレアムを生んでいます。(第Uサムエル記3章2節〜5節)
 その後、エルサレムに移ってから、バテ・シェバ事件があり、バテ・シェバとの間の二人目の子として、ソロモンが生まれるのです。(最初の子は死亡)

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 母親の名前が記録に残っているこれらの王子たちは、ダビデの宮廷でも有力な後継者候補だったのでしょう。日本史などを見ると、年長者が後継者、また、正妻の子を後継者としたのです。けれども、当時のイスラエルでは、正妻が一人とは決まっていなかったようです。サムエルの父にもふたりの妻がいました。サムエルの母ハンナと先に多くの子をもうけていたベニンナです。二人は対等な妻であったようで、だからこそ、余計、ハンナは子どもがもてないことに苦しんだのです。

 ダビデの宮廷では、すでにアブシャロムがクーデターに失敗して敗死しています。長男アムノンは、腹違いの妹タマルをレイプした事件で、タマルの兄アブシャロムに殺されています。アブシャロム同様非常な美男子であったアドニヤは、それだけでも人気があったのでしょうが、その上、ただの一度も、父を嘆かせたり、父親から叱られたことがないのです。とうぜん、彼に次期王としての人気と期待が集まっていたのかもしれません。彼は、先駆けて王の地位を宣言してしまおうと考えるのです。

 王の装備として、戦車、騎兵、それに自分の前を走る者五十人が必要だったことは、すでに、アブシャロムの反乱の箇所で出て来ます(第Uサムエル記15章1節)。アドニヤは、それを手に入れたのです。
 アドニヤは、ヨアブと祭司エブヤタルに、また、ほかの何人かにも自分を指示してくれるよう、根回しをしたようです。(7節)
 しかし、アドニヤにくみしない人たちもいました。

 祭司ツァドクとエホヤダの子ベナヤと預言者ナタン、それにシムイとレイ、及び、ダビデの勇士たちはアドニヤにくみしなかった。(8節)

 老いて病床にある王のかたわらで、人々が疑心暗鬼して暗躍を始めている宮廷の様子がうかがえます。アドニヤにくみしなかった者たちの思惑は、どのようなものだったのでしょう。サタンは、できるだけ争わせようと働くのですが、神のみこころはどこにあったのでしょう。

   人の心には多くの計画がある。
   しかし主のはかりごとだけが成る。(箴言19章21節)





 
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posted by さとうまさこ at 09:42| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする