2012年10月24日

Coffee Break歴史の書423 T列王記(10)ダビデの遺言3(T列王記2章6節〜9節)




 ダビデは、ソロモンに対する遺言の中で、三人の人物への具体的な対処を命じています。
 最初が、イスラエルの将軍も務めたことあるヨアブです。彼のしらが頭を安らかによみに下らせてはならない(T列王記2章6節)は、はっきりと言えば、処刑命令です。

 つぎが、ギルアデ人バルジライの子らへの恵みです。アブシャロムの謀反のとき、ダビデはガドに逃げたのですが、マハナイムの有力者バルジライが疲れ果てたダビデ軍一行を迎え、多くの物資で支えてくれたのです。バルジライ自身は高齢で、ダビデの招きに答えてエルサレムに来ることはなかったのですが、代わりにその息子キムハムが仕えていました。(第Uサムエル記19章37節)キムハムたちにさらなる恵みを与えるようにと言うのです。ここで書かれているのは、王の食事の席に連ならせることです。
 ダビデもまだサウルの家来だったとき、サウル王の食事の席に連なっており、王の側近が王の食事に連なるのは非常な名誉であり、またその者の地位の高さを表したものと思われます。(王の食卓とはどういうものか、後日、稿を設けて説明したいと思います。)

 三人目は、ゲラの子シムイです。彼は、アブシャロムから逃げて都落ちするダビデを、石を投げてののしったのです。(第Uサムエル記16章5節〜12節)この時、熱血漢アビシャイは、シムイのことばに憤慨して「私にあの首をはねさせてください」と言うのですが、ダビデは止めています。
 シムイは、サウルの一族のベニヤミン人であり、サウル家滅亡の張本人としてダビデを恨んでいたはずですから、ダビデが苦しんでいる時に「この時とばかり」仇を打ったつもりだったのでしょう。日本のことわざにも、「泣き面にハチ」「(弱いものに対して)嵩にかかる」などがあって、劣勢な時に攻撃する非情な人間がいることは、だれでも、知っているわけです。ダビデは、落ち延びる途中に無意味な血を流したくなかっただけで、「怒って」いなかったわけではないのです。
 シムイにとって、アブシャロムが死んで、ダビデがエルサレムに戻って来ると聞いたとき、さぞ、動転してことでしょう。ヨルダン川まで、一族1千人を連れてダビデを迎えに出て来て、謝っています。(第Uサムエル記19章18節〜23節) ダビデも、一応、許しを誓っているのです。
 しかし、死に臨んで、ダビデはソロモンに命じるのです。

 今は、彼を罪のない者としてはならない。あなたは知恵のある人だから、彼にどうすれば彼のしらが頭を血に染めてよみに下らせるかを知るようになろう。(T列王記2章9節)

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 私たちは、心の引き出しに、日々たくさんの思いや感情を蓄えていきます。まあ、保留箱みたいなものです。昨日書いたように、思うまま、衝動に従って、ことばを口に出したり、行動していては、一日も無事に暮らせないからです。私など極めて自己中心な人間ですから、自分が躓いた小石にまで、クレームをつけていることがあります。まあ、石に躓いたのが誰のせいかなどは、ささいなことかもしれませんが、根が残る出来事もないわけではありません。その根は、「保留箱とでも名付けた引出し」に入れておくしかありません。しかし、これも、子どものコレクションといっしょで、歳月が経ってもう一度見直すと、じつにつまらないものだったりすることもあります。

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 ダビデが、ヨアブとシムイの処罰を自分の息子ソロモンに命じるのは、彼らのついてのファイルが膨れ上がっていたためだけ、ではないでしょう。また、彼らへの決済を、ただ先のばしにしてきたためではないでしょう。

 ヨアブについては、遺言では、あえて語られていない罪があります。アブシャロムの殺害です。アブシャロムが木に引っ掛かって宙づりになっている時、誰ひとり手出しできなかったのに、ヨアブはみずから槍を取って殺害したのです。
 シムイに対しては、見え透いた日和見男を断罪したのでしょう。死んだ犬は蹴飛ばし、猛犬が近づいてくると肉切れ差し出すような人間を、ダビデは許すことができなかったのでしょう。


 Coffee Breakヨシュア記・士師記・ルツ記・サムエル記362 ヨアブという男(Uサムエル記18章14節〜23節)  http://joshuacanan.seesaa.net/article/288134248.html






posted by さとうまさこ at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする