2012年10月29日

Coffee Break歴史の書428 T列王記(15)ヨアブとシムイの死(T列王記2章28節〜46節)



 この知らせがヨアブのところに伝わると、――ヨアブはアドニヤについたが、アブシャロムにはつかなかった――ヨアブは主の天幕に逃げ、祭壇の角をつかんだ。(T列王記2章28節)
 ヨアブが主の天幕に逃げて、今祭壇のかたわらにいる、とソロモン王に知らされたとき、ソロモンは、「行って、彼を打ち取れ」と命じて、エホヤダの子ベナヤを遣わした。(29節)
 そこで、ベナヤは主の天幕に入って、彼に言った。「王がこう言われる。『外に出よ。』」彼は、「いやだ。ここで死ぬ」と言った。ベナヤは王にこのことを報告して言った。「ヨアブはこう言って私に答えました。」(30節)
 王は彼に言った。「では、彼の言ったとおりにして、彼を打ち取って、葬りなさい。こうして、ヨアブが理由もなく流した血を、私と、私の父の家から取り除きなさい。(31節)


 ソロモン王は、政権を発足させると、まず、旧政権の中の四人を処罰しています。最初が彼の異母兄ハギテの子アドニヤ。つぎは、祭司エブヤタル。
 この二人の処罰を知ったヨアブは、すぐに身の危険を悟って、祭壇に逃げ込み祭壇の角をつかんだのです。 ヨアブは、ダビデ王朝の有力な軍人でアドニヤの陰謀の首謀者と見られていたからです。
 ダビデの遺言では、ヨアブの処刑の理由は、サウルの将軍だったアブネルの暗殺とダビデ軍の別の将軍アマサの暗殺です。抜け目なく自分のライバルになりそうな相手を抹殺し、ダビデのもとで、巧みに生き抜いていたヨアブは、最後にアドニヤに賭けたのです。彼にすれば勝算のある選択だったのでしょうが、ダビデ王は、 ソロモンを立てたバテ・シェバ、ベナヤ、ツァドク、ナタンなどの勢力を支持したのです。

 結局、陰謀を巡らすヨアブは、最後には神に見限られたのでしょう。

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 王は人をやって、シムイを呼び寄せ、彼に言った。「自分のためにエルサレムに家を建てて、そこに住むのは良い。だが、そこからどこへも出てはならない。(36節)
 出て、ギデロン側を渡ったら、あなたは必ず殺されることを覚悟しておきなさい。あなたの血はあなた自身の頭に帰するのだ。」(37節)
 シムイは王に言った。「よろしゅうございます。しもべは、王さまのおっしゃるとおりにいたします。」このようにして、シムイは長い間エルサレムに住んだ。(38節)


 シムイは、ダビデの遺言では、「死刑」です。ただ、直接的な死刑を命じているのではありません。ダビデは「知恵を使いなさい」と言っているのです。王たる者、ときに、剣で処断しなければならないことはあるわけです。同時に、ダビデは、優柔不断に見えるほどはっきりしないところがあります。アブシャロムに対する処罰、サウルを殺す絶好の機会を見送って、また逃亡生活を続けるダビデに、歯がゆい思いをさせえられた部下も多かったでしょう。ダビデには、王の名前で血を流すような事態は、可能な限り避けるべきだと言う信念があったのでしょう。
 王は神から召された者ですから、その権力も神の御心に従うのが前提です。そうする時、めったなことで、直接人を殺すことはできなかったのでしょう。

 それから、三年たった頃、シムイのふたりの奴隷が、ガテの王マアカの子アキシュのところに逃げた。シムイに、「あなたの奴隷たちが今、ガテにいる」という知らせがあった。(39節)
 シムイはすぐ、ろばに鞍をつけ、奴隷たちを捜しにガテのアキシュのところに行った。シムイは行って、奴隷たちをガテから連れ戻して帰ってきた。(40節)


 ソロモンは、シムイに王のひざ元であるエルサレムに住むようにと命じました。シムイは自由は失いましたが、ともかく生き延びることができたのです。しかし、わずか三年後には、ふたりの奴隷を惜しんで、王への誓いを忘れていました。あっけなく、ギデロン川を渡ってしまうのです。

 このような処断も、ソロモンの知恵を垣間見せる箇所です。








posted by さとうまさこ at 08:47| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする