2012年10月31日

Coffee Break歴史の書430 T列王記(17)高き所(T列王記3章2節)



 当時はまだ、主の名のための宮が建てられていなかったので、民はただ、高き所でいけにえをささげていた。(T列王記3章2節)
 ソロモン王は主を愛し、父ダビデのおきてに歩んでいたが、ただし、彼は高き所でいけにえをささげ、香をたいていた。(3節)


 T列王記3章1節には、ソロモンが異邦人の妻をめとったことが記されています。次に、彼が「高き所」いけにえをささげたと書かれているのです。この二点が、最初に出てくるのは、ソロモンの事績として意味のある事でした。異邦人の妻たちがソロモンを、偶像礼拝に躓かせたことと関連してくるからです。

 高き所について、新実用聖書注解(いのちのことば社)に次のような解説があります。
 〈高き所は〉(バーモース)は古くから礼拝の場を示す言葉であり、由来は山や小高い所が用いられたことにある。後代には人工的に礼拝所として建てた祭壇を意味する。イスラエルの歴史ではサムエルの時代に登場する(Tサムエル記9:12‐15)が、起源的にはカナン人の宗教の影響が考えられる。〈主の名のために宮が建てられていなかったので(2)その使用は一般的に了解されていたらしい。

 たしかに、サムエルが最初サウルに邂逅する場所が、ツフという場所の「高き所」です。サムエルはそこで、いけにえをささげるために来ていたのです。ですから、高き所でいけにえをささげること自体は、イスラエルの社会で合意があったのでしょう。
 聖書も、ソロモンが高き所でいけにえをささげたのは、「主の名のための宮が建てられていなかったので」と、説明しています。

 私のまったく自由な想像に過ぎませんが、確かに、いわゆる幕屋――契約の箱があったエリの時代のシロの幕屋にしても、幕屋の構造から、一日にささげられる犠牲の数は限りがあると思います。聖所の外には祭壇があり、そこで犠牲(いけにえ)を焼くのですが、そもそもその祭壇の上部は、2,5メートル四方の正方形(リビングバイブル)なのですから、じつに小さなものです。
 何百何十もの大型動物牛や羊をささげるときは、屋外の「高き所」が使われたのはしぜんだったのではないでしょうか。

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 王はいけにえをささげるためにギブオンへ行った。そこはもっとも重要な高き所であったからである。ソロモンはそこの祭壇の上に一千頭の全焼のいけにえをささげた。(4節)

 ソロモンは、父ダビデの信仰をひきついで、その道を歩んでいる人でした。
それにしても、彼は、いわゆる「派手なことができる」人だったようです。一千頭のいけにえとわざわざ記録されているのは、一度にそれほどのいけにえをささげるのは、前代未聞のことだったからでしょう。それを何日にも亘ってささげたのではなかったようですから、さぞ、壮観だったと想像できます。

 しかし、もちろん、それは、たんに肉を焼く行事ではないのです。荘厳な祈りの時間、神に向かって叫び、神を礼拝する時間だったのです。

それゆえ、神はソロモンにお応えになりました。

 その夜、ギブオンで主は夢のうちにソロモンに現れた。神は仰せられた。「あなたに何を与えようか。願え。」(5節)




posted by さとうまさこ at 08:21| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする