2014年01月03日

Coffee Break預言書1・イザヤ書3、アモツの子イザヤ



 アモツの子イザヤの幻。これは彼が、ユダとエルサレムについて、ユダの王、ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの時代に見たものである。(イザヤ書1章1節)
  天よ、聞け。地も耳を傾けよ。
  主が語られるからだ。
  「子らはわたしが大きくし、育てた。
  しかし、彼らはわたしに逆らった。(2節)
  牛はその飼い主を、
  ろばは持ち主の飼い葉おけを知っている。
  それなのにイスラエルは知らない。
  わたしの民は悟らない。」(3節)


 イザヤはアモツと呼ばれる人の子でした。彼の父であるアモツは注解書によると、ユダヤの王アマツヤの兄弟であった(新実用聖書注解・いのちのことば社)のです。
 アマツヤは、ソロモンの子レハブアムから数えて、ユダ王国九代目の王です。十代目がウジヤですから、イザヤは王ウジヤの従兄弟だったと思われます。王族に連なる地位の高い貴族です。そうして、彼は、ウジヤの時代から、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの時代にかけて、多くの幻を見、預言をしたと記録されているのです。
 悲しいことに、ヒゼキヤの子マナセの時代まで生き、そこで迫害されて殉教したと言われています。マナセは、偶像礼拝を行なう悪王でしたから、イザヤは王の耳に逆らうことを言わないわけにはいかず、王にとっては目障りな存在だったのでしょうか。

 しかし、王族や貴族のような地位の高い人物、王の側近ともいうべきイザヤに、神が語りかけられたのは、この時代が、ユダに滅びが迫っていて、王や王宮の人間――国の指導者たちこそ、緊急に神に立ち返る必要に迫られていたからでしょう。
 しかも、長い期間にわたって、預言活動をしたイザヤは、その預言の大きさ、重大さも含めてユダの歴史において偉大な神のしもべのひとりでありました。旧約の偉人・五指に数える人もいます。

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 2節3節については、いまさら解説の必要があるでしょうか。
 ここでいう「子ら」とは、とうぜんイスラエル民族です。アブラハムにつながる子孫です。「アブラハム、イサク、ヤコブの神」がその救いのご計画に用いるために育成されてきたヤコブ(イスラエル)の12人の子どもたちの子孫です。エジプトで大きくされたのち、神によって、導き出され、シナイで契約をいただき、国を立てていただき、神の守りと約束によってカナンに植えられて、王国を築き、繁栄を楽しむまでに祝福を受けた人たちです。
 それは、彼らの力によるのではなく、彼らの功績によるのでもなく、ただ、神からの恩寵でした。神が彼らを愛し、祝福され、その大いなる右の手で彼らを大きくして下さったのです。
 ところが、イスラエル民族は、自分たちの父である神を忘れていると、主は言われるのです。牛やろばでさえ、だれが飼い主であり飼葉をくれる者であるかを忘れないのに、人間である、神の選びの民であるイスラエル(ここではユダ王国)の人々は忘れていると、語られるのです。

 激しく胸を突くような警告から、イザヤ書は始まります。







posted by さとうまさこ at 09:45| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする