2014年01月10日

Coffee Break預言書・イザヤ書10、主が立ち上がり、地をおののかせるとき、



  岩の間に入り、
  ちりの中に身を隠せ。
  主の恐るべき御顔を避け、
  そのご威光の輝きを避けて、(イザヤ書2章10節)
  その日には、高ぶる者の目も低くされ、
  高慢な者もかがめられ、
  主おひとりだけが高められる。(11節)


 2章のテーマは、「その日」のための、主の警告かと思われます。
 その日とは、2章2節にある「終わりの日」です。今ある、イエス・キリストが再臨される時です。
 今、偽りの繁栄の中で、偽りの神々を拝んでいる者たちに、預言は警告しています。「岩の間に入り、ちりの中に身を隠せ。そのご威光の輝きを避けて。」というわけです。
 どんなに自信のある者も身分の高い者も、高慢な者も、主のご威光に逆らうことはできません。

  まことに、万軍の主の日は、
  すべてのおごり高ぶる者、すべて誇る者に
  襲いかかり、これを低くする。(12節)
  高くそびえるレバノンのすべての杉の木と、
  パシャンのすべての樫の木、(13節)
  すべての高い山々と、すべてのそびえる峰々、(14節)
  すべてのそそり立つやぐらと、堅固な城壁、(15節)
  タルシシュのすべての船、
  すべての慕わしい船におそいかかる。(16節)
  その日には、高ぶる者はかがめられ、
  高慢な者は低くされ、
  主おひとりだけが高められる。(17節)
  偽りの神々は消えうせる。(18節)


★★★★★

  主が立ち上がり、地をおののかせるとき、
  人々は主の恐るべき御顔を避け、
  ご威光の輝きを避けて、
  岩のほら穴や、土の穴に入る。(19節)
  その日、人は、拝むために造った、
  銀の偽りの神々と金の偽りの神々を、
  もぐらや、こうもりに投げやる。(20節)


 10節から18節までのテーマが、ことばを変えながら、繰り返されています。
 「終わりの日」「その日」とは、「主が立ち上がり、地をおののかせるとき」なのです。どのような富もどのような軍備も、どれほどの地位やプライドも、すべてないようにされてしまうのです。高慢であった人間はすべて、主の輝きの前に、逃げ惑い、隠れなければならないということでしょうか。
 もぐらは、レビ記11章29節で汚れた動物として指定されています。こうもりは、忌むべき動物であると名が挙がっています(レビ記11章19節)
 もちろん、これは字義通りの意味ではなく、偶像礼拝などの汚れや忌むべき行為を譬えているのでしょう。

  主が立ち上がり、地をおののかせるとき、
  人々は主の恐るべき御顔を避け、
  ご威光の輝きを避けて、
  岩の割れ目、巌の裂け目に入る。(21節)
 

 「主が立ち上がり、地をおののかせるとき」が、繰り返されています。私にはヘブル語は読めませんが、このようなリフレインは、声をあげて朗誦する時、すばらしい効果を発揮したことでしょう。21節全部が、事実上19節の繰り返しなのです。ほら穴が「岩の裂け目」に、土の穴が、「巌の裂け目」に変わって行くのは、日本語で読んでも、そのイメージが切実に、厳しくなっていくのがわかります。
 これを、原語で読めないのが残念ですが、これがいまの私の限界です。翻訳して下さっている方々に感謝です。

 それにしても、次の警鐘は、強いですね。

 鼻で息をする人間をたよりにするな。
 そんな者に、何の値打ちがあろうか。(22節)




  ★聖書箇所は、新改訳聖書を使っています。



posted by さとうまさこ at 09:50| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする