2014年09月10日

Coffee Break 歴史の書・エズラ記2 捕囚期の物語、神の民の悲願(エズラ記、ネヘミヤ記、エステル記)



 歴史の書は、エズラ記、ネヘミヤ記、エステル記と並べられています。これらはいずれも、南王国ユダの崩壊後、バビロン捕囚になったイスラエル民族の状況を背景にした物語です。国を失い、捕囚になって異国に置かれた「神の選びの民イスラエル」の置かれた境遇がすべて不遇だったとは言えないようです。奴隷状態で呻吟(しんぎん)する者もいたかもしれませんが、少なくとも、この三書に出て来る、エズラ、ネヘミヤ、エステルなどは、それぞれに社会的な地位があり、王に見(まみ)えることができた人たちでした。

 エズラは、レビ部族ヒルキヤの子孫でセラヤの子という由緒正しい祭司の家系で、学者でもありました。(エズラ記7章1節〜6節) ネヘミヤは、王の献酌官でした。(ネヘミヤ記1章11節) 王の食事のときに酒を注いで差し上げるというのは信頼され、有能でなければできないことです。
 エステルは、エステル記の主人公として登場しています。女性ですから官職があったのではありませんが、両親を亡くし、モルデガイという裕福な伯父のもとで養育されていました。美しく聡明な娘で、王の宮廷に召され王妃になりました。神はエステルを、ユダヤ人絶滅の危機に際して、用いられたのです。(さとうまさこ・聖書物語「ワシュティ」はエステル記から取材しています。)

 エステルが、クセルクス一世(クロス大王の孫)の時代、エズラがアルタクセルクセス一世(クセルクス一世の子)、ネヘミヤは、さらに次の王クセルクセス2世の下で活躍したのです。この間はだいたい50年ほどになります。
 エルサレム陥落、第三回バビロン捕囚がBC586年。ネヘミヤのエルサレムへの帰還と城壁の完成が、BC445年ですから、約141年後のできごとです。

 また、ダニエル書のダニエルが活躍したのは、BC605年〜BC536年です。上記三人の活躍に先立っています。(新実用聖書注解・年表)

 三書を読む前に、こうした時代背景も確認しておきたいと思うのです。

 
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 この時代の書物に共通するのは、国を喪った民の悲願です。しかし、これはたんに政治的経済的領土的国土を回復したいといった悲願ではなさそうです。

 イスラエルはもともと神聖政治国家として、神により立てられた国です。建国当時(シナイ契約当時)、神から契約をいただき、律法をいただき、国土の約束をいただいたのですが、まだ、国土はありませんでした。彼らのアブラハム神・イサクの神・ヤコブの神への神信仰さえまだ幼子のようで、そのためリーダーであったモーセは、この民を率いてカナンへの道を歩む40年間、苦労の連続でした。

 イスラエル民族がカナンに入植し、相続地を得て、実質的な国土を持つことができたのは、まさに彼らをエジプトの奴隷状態から救い出された神さまの強いリーダシップによるものでした。民の側から見ればさまざまな障害があっても、自分たちの神に立ち返り、より頼むとき、神は祝福を下さるのでした。これは、イスラエルが「神の救いのご計画」のために選ばれた民族であると考えれば、納得できることです。

 イスラエルは神聖政治国家であり、その創建当時からそもそも本当の国境は神(ヤーウエ)への信仰だったと、さとうは考えています。
 捕囚時代に異郷の地にいたエズラやネヘミヤが神殿再建に故郷に向かったのは、なによりも、信仰が国境であり、イスラエルは神の国との理解があったからだと思うのです。
 これは、歴史を、いわゆる「国取り物語」とする観点とはまるで違うと思うのですが、それは、またあす以降。
 よろしくお願い申し上げます。



posted by さとうまさこ at 10:40| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする