2014年09月12日

Coffee Break 歴史の書・エズラ記4 ペルシヤの王クロスは宝庫係ミテレダテに命じて(エズラ記1章8節〜11節)

 
 
 エズラ記は、歴史の書に分類されています。しかし、ヨシュア記に始まりU歴代誌に至るまでの歴史書とは、少し切り口が違うようです。書物としては、むしろ、ひとつの出来事の記録であると思われます。捕囚になったため、また、国が亡びたためにペルシャの領土に住みついたイスラエル人が、神殿再建に帰郷し、神殿を奉献したという事実です。

 これは、もちろん、歴史的に大きな出来事です。イスラエルを用いての神の救いの歴史がとつぜん消え失せたのが、U歴代誌の終盤でした。エジプトという苗床で数を増やしたヤコブの末たちが、カナンでさらに繁茂し、豊かな葡萄畑として実を結び、芳醇なぶどう酒となるはずだったのに、その畑が焼き払われてしまったのです。
 ぶどう畑を切り倒したのは、直接的にはアッシリヤやバビロンですが、それをお許しになったのは、神ご自身なのです。
 イスラエルの民が神に対して罪を犯し続けた結果招いたこととはいえ、これ以上はないという厳しい処置です。

 さて、ばらばらに散らされた選びの民の運命は? 神の国のご計画は頓挫してしまうのでは? と、ドラマなら読者や視聴者をハラハラさせるところです。
 なぜなら、人間の能力では、これほどの壊滅から、もう一度何かを再建することは難しいはずだからです。ところが、神は全能です。あろうことか、異教徒の大王に働きかけて、神殿再建を推進させて下さるのです。

 
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 すなわち、ペルシヤの王クロスは宝庫係ミテレダテに命じてこれを取り出し、その数を調べさせ、それをユダの君主シェシュバツァルに渡した。(8節)
 その数は次のとおりであった。金の皿三十、銀の皿一千、香炉二十九、(9節)
 金の鉢三十、二級品の銀の鉢四百十、その他の用具一千。(10節)
 金、銀の用具は全部で五千四百あった。捕囚の民がバビロンからエルサレムに連れて来られたとき、シェシュバツァルはこれらの物をみないっしょに携えて上った。(11節)


 王や権力者が味方に付いてくれるというのは、この世では大変な助けとなります。1つは、その権力のためであり、もう一つは財力のためです。大きな権力は人を強制して動かします。また大きな財力を手中にしています。庶民の小さな浄財でも集まれば力となり、大きなこともできますが、国家権力には適(かな)わないことがほとんどです。

 ペルシャのクロスは、まず、イスラエルの民が神殿の再建をするようにと、勅令の文書を出してくれました。王の許可や命令があるのは、通行するため、基金や人材を集めるため、反対派を抑え込むために、とても有効です。
 そのうえ、クロスは宝物倉を開いて、かつてネブカデネザルがバビロンに持ちかえった(U歴代誌36章18節)神殿の宝物を返してくれたのです。

 このようなことは、葦の海が開くと同じような神の奇蹟ではないかと、さとうは感心してしまうのです。








posted by さとうまさこ at 09:41| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする