2014年09月13日

Coffee Break 歴史の書・エズラ記5 帰還した人々の数と出自(エズラ記2章1節2節)



バビロンの王ネブカデネザルがバビロンに引いて行った捕囚の民で、その捕囚の身から解かれて上り、エルサレムとユダに戻り、めいめい自分の町に戻ったこの州の人々は次のとおりである。(エズラ記2章1節)
ゼルバベルといっしょに帰って来た者は、ヨシュア、ネヘミヤ、セラヤ、レエラヤ、モルデカイ、ビルシャン、ミスパル、ビグワイ、レフム、バアナ。イスラエルの民の人数は次のとおりである。(2節)


 エズラ記2章は、主の宮を再建するために、エルサレムとユダの元の町に戻った人々の名簿と人数の記録です。
 じつは、さとうは、このような個所を読むのは苦手です。今の、たとえば、「教会の礼拝参加人数の推移」みたいなものを読むだけでも頭が痛くなりそうです。数字で仕分けされたものに対する抵抗感があるのです。事務的に正確な数は退屈ですし、文書に記される数字は、捉え方の観点によってしばしば数字が動きます。

 デモ参加者の人数などは、警察側発表と主催者側発表で倍も違うことは珍しくありません。デモ参加者の人数のように出所がはっきりしているものは、その数が異なっていてもある意味ご愛嬌です。けれども、戦死者の数とか、原爆犠牲者の数とか、従軍慰安婦の数、南京大虐殺の数となると、深刻な政治論争になります。
 だいたい、社会現象は生きものですから、いつのどの一瞬を切り取るかで数字は異なってきます。しかし、歴史のある一瞬を正確に切り取ってその断面を見るなど、人間にできるでしょうか。
 コンピュータで制御されている現代、正確さは無比であるような気がします。たとえば、東京駅の乗降客を時間単位に、分単位に、あるいはもっと細かく提示することができるのではないかと思います。けれども・・・。

 数字が苦手なさとうは、そのような理屈を前面に出して、統計を嫌がっているわけです。

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 さて、それでは、エズラ記2章の名簿とその人数は、意味がないのでしょうか。
 ここで挙げられている人数は概数ではなく、一の単位まで記されています。非常に正確なカウントの印象を受けるのです。ただ、これらの人数は、合計2万9818名のところ、、合計4万2360名と記されています。(エズラ記2章64節)(新実用聖書注解・いのちのことば社)
 また、名簿のすべての部族の系図を正確に遡(さかのぼ)れるのでもなさそうです。部族というのは、もともとはイスラエル十二部族を指して呼ばれたもののようです。(民数記10章14節〜28節) しかし、モーセが神の御命令によりイスラエル人の二十歳以上の軍務につくことのできる者の人口調査をしたときには、各部族がいくつかの「族」単位でまとめられています。(民数記26章4節〜58節)
 また、ヨシュアの時代のアカンの物語を見ると、部族の内分けとして氏族という単位があるのがわかります。氏族は、さらに家族に細分出来、家族の中に各男子をかしらとする、さらに小さな家族があったようです。(ヨシュア記7章14節)

 エズラ記で「族」として括られているのは、アカンの時代の家族のことと思われるのですが、聖書研究の素養のない筆者には、断言できません。
 
 私が断言できるのは、細部の数字の齟齬などに引っ掛かるのは、あまり意味がないということです。聖書は古文者でとりわけヘブル語には数字をあらわす専用の文字がなかったそうですから、解読はそれ自体大きな研究分野です。出エジプト記のエジプトから出てきたイスラエル人の人数なども、いまだ論争の種になっているのです。

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 聖書に反対する人たちは、聖書の記述の曖昧な個所や、齟齬を捕えて、「聖書は信頼できない。権力によって作られたものだ」などといいますが、私はむしろ逆だと思っています。聖書が大きな権力の管理下にあって自由に書き換えられたものなら、むしろ、このような齟齬は訂正されたでしょう。今でも、国家や会社では、粉飾決算とか粉飾文書があるうるのです。
 数字合わせなど、一番簡単なことであるはずです。

 
 大切なのは、大きな人数が神の宮再建のために居住地を離れ、故郷に戻ってきたということではないでしょうか。人間には限界がありますから、人間が扱うことばにも限界があります。けれども、それゆえ、それらを軽々しく訂正していないことを私は、重く受け止めるのです。





posted by さとうまさこ at 10:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする