2014年09月14日

Coffee Break 歴史の書・エズラ記6 帰還者たちの内訳(エズラ記2章2節〜63節)



 エズラ記2章の名簿で大切なのは、人数の細かい正確さなどではなく、その顔ぶれを記録することだったと思われます。

 帰還には、ユダヤ人の指導的立場の人とともに、多くの部族の者たちが従いました(2章3節〜35節)。祭司の家柄の者(祭司)(36節〜39節)。レビ人、神殿奉仕者の子孫(40節〜54節)、ソロモン王宮廷に仕えていた人たちの子孫(55節〜57節)。また、帰還者に加わったものの、自分たちの家系と血統がイスラエル人であったかどうかを、証明することができない人たちがいました(59節〜63節)。さらに、男女の奴隷が七千三百三十七名、男女の歌うたい(聖歌隊)が二百名いたと記録されています。(65節)
帰還者は多くの家畜を伴っていました(66節67節。馬七百三十六頭、らば二百四十五頭、らくだ四百三十五頭、ろば六千七百二十頭など)

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 ゼルバベルといっしょに帰って来た者は、ヨシュア、ネヘミヤ、セラヤ、レエラヤ、モルデカイ、ビルシャン、ミスパル、ビグワイ、レフム、バアナ。イスラエルの民の人数は次のとおりである。(エズラ記2章2節)


 ゼルバベルは、エズラ記1章8節に名が上っているシェシュバツァルと同一人物であると新改訳聖書は注解しています。ただし、新聖書注解では、ゼルバベルとシェシュバツァルは別人としています。いずれにしても、捕囚地では指導者の頭だったのでしょう。
 ヨシュアは、3章2節にエホツァダクの子となっていますから、もちろん、ここで初出する名前です。
モルデガイは、エステル記にエステルの伯父としてその名が見えますが、年代的にも別人です。

 次の人々は、テル・メラフ、テル・ハルシャ、ケルブ、アダン、イメルから引き揚げて来たが、自分たちの先祖の家系と血統がイスラエル人であったかどうかを、証明することができなかった。(59節)
 すなわち、デラヤ族、トビヤ族、ネコダ族、六百五十二名。(60節)


 せっかく帰還者として帰国して来たのに、家系図を失くしていたのでイスラエル人かどうか証明できない人たちがいたと言うのです。
 代々、先祖伝来の領土で、(方言はあるにしても)同じ言葉を使って暮らしてきた日本人には、家系図の重要さはあまりわかりません。せいぜい由緒ある家柄であることを証明したい時に有効なだけです。けれども、国土を失い、国も失った人々にとってアイデンティティはまさに「先祖伝来」の家系図なのでしょう。とくにイスラエル人は「神の選びの民」として結ばれていたのですから、志が同じであればよいのではありません。

 祭司の子孫のうちでは、ホバヤ族、コツ族、バルジライ族。・・このバルジライは、ギルアデ人バルジライの娘のひとりを妻にめとったので、その名をもって呼ばれていた。・・(61節)


 ギルアデ人バルジライは、ダビデがアブシャロムの乱でギルアデに逃れた時、ダビデを援助した地方豪族でした。(U列王記17章27節)その後、ダビデから厚遇されていますから、その娘が嫁いだ家系がバルジライの名前で呼ばれたようです。

 これらの人々は、自分たちの系図書きを捜してみたが、見つからなかったので、彼らは祭司職を果たす資格がない者とされた。(62節)
 それで、総督は、ウリムとトンミムを使える祭司が起こるまでは最も聖なるものを食べてはならない、と命じた。(63節)


 家系図がないために、祭司であっても祭司の仕事ができないのです。これは、深刻ですね。彼らの申し出が自己申告かどうかは、ウリムとトンミムで占おうとしているのです。ところが、この時点では、ウリムとトンミムを使える祭司がいなかったのです。
 ウリムとトンミムは、大祭司の胸当てに入れられていた小さな物で、おそらく石で出来ており、神の意思を知る用具であった(新実用聖書注解・いのちのことば社)そうですから、この時、占うための用具(石)がなかったのかもしれません。






posted by さとうまさこ at 09:56| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする