2014年09月16日

Coffee Break 歴史の書・エズラ記8 彼らは、書かれているとおりに仮庵の祭りを祝い、(エズラ記3章1節〜9節、レビ記23章34節〜36節)



イスラエル人は自分たちの町々にいたが、第七の月が近づくと、民はいっせいにエルサレムに集まって来た。(エズラ記3章1節)


  第七の月は、イスラエルの新年が始まる月です。現在の暦では、九月の半ばから十月半ばに当たります。小麦の植え付けは秋に始まるので、それに先立つ時期が新年になっているのです。
 これは、レビ記に主の例祭として規定されています。(レビ記23章24節〜43節)ラッパの祭り、贖罪の日、仮庵の祭りなど、イスラエル人の重要な祝祭日が並んでいます。

 そこで、エホツァダクの子ヨシュアとその兄弟の祭司たち、またシェアルティエルの子ゼルバベルとその兄弟たちは、神の人モーセの律法に書かれているとおり、全焼のいけにえをささげるために、こぞってイスラエルの神の祭壇を築いた。(2節)


 ユダの指導者たちは、モーセの律法に基づいて例祭を祝ったのです。
 レビ記(モーセの律法)によれば、仮庵の祭りは次のように書かれています。

 イスラエル人に告げて言え。
 この第七月の十五日には、七日間にわたる主の仮庵の祭りが始まる。(レビ記23章34節)
 最初の日は聖なる会合であって、あなたがたは、労働の仕事はいっさいしてはならない。(35節)
 七日間、あなたがたは火によるささげ物を主にささげなければならない。八日目も、あなたがたは、聖なる会合を開かなければならない。これは清めの集会で、労働の仕事はいっさいしてはならない。(36節)


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 彼らは回りの国々の民を恐れていたので、祭壇をもとの所に設けた。彼らはその上で主に全焼のいけにえ、すなわち、朝ごと夕ごとの全焼のいけにえをささげた。(3節)


 帰還してきたイスラエルの民にとって、パレスチナは自分の国であっても、自分の自由にならない場所でした。とうぜん、空いた場所には新しい住民が住んでいました。その多くは帰還民を快く思わなかったはずです。そのような場所で無意味な衝突を避けるため、例祭のささげ物をささげる祭壇は、もと神殿があった場所に設けられたのです。

 彼らは、書かれているとおりに仮庵の祭りを祝い、毎日の分として定められた数にしたがって、日々の全焼のいけにえをささげた。(4節)
 その後、常供の全焼のいけにえと、新月の祭りのいけにえと、主の例祭のすべての聖なるささげ物、それからめいめいが喜んで進んでささげるささげ物を主にささげた。(5節)
 彼らは第七の月の第一日から全焼のいけにえを主にささげ始めたが、主の神殿の礎はまだ据えられていなかった。(6節)


 神殿があったときと同様に例祭と儀式を行うことはできても、神殿はまだありません。帰還した人たちの最大の目的は、神殿の再建でしたから、彼らは、じっさいにもそのための手配をし始めるのです。ソロモン王の神殿建設の時同様、資材や技術者はシドンやツロに頼まなければなりませんでした。それはもちろん、ある意味商取引でしたから、ペルシャ帝国の大王クロスの許可を前面に押し立てて行うのです。

 彼らは石切り工や木工には金を与え、シドンとツロの人々には食べ物や飲み物や油を与えた。それはペルシヤの王クロスが与えた許可によって、レバノンから海路、ヤフォに杉材を運ぶためであった。(7節)


 資材と技術者がエルサレムに到着した翌年・第二の月に、主の宮の工事が始まるのです。

 彼らがエルサレムにある神の宮のところに着いた翌年の第二の月に、シェアルティエルの子ゼルバベルと、エホツァダクの子ヨシュアと、その他の兄弟たちの祭司とレビ人たち、および捕囚からエルサレムに帰って来たすべての人々は、主の宮の工事を指揮するために二十歳以上のレビ人を立てて工事を始めた。(8節)
 こうして、ユダヤ人ヨシュアと、その子、その兄弟たち、カデミエルと、その子たちは、一致して立ち、神の宮の工事をする者を指揮した。レビ人ヘナダデの一族と、その子、その兄弟たちもそうした。(9節)






posted by さとうまさこ at 10:09| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする