2014年09月17日

Coffee Break 歴史の書・エズラ記9 イスラエルの王ダビデの規定によって主を賛美する(エズラ記3章10節〜13節)



 捕囚の身を解かれ、パレスチナに帰還したイスラエル人たちは、エルサレムで神にささげ物をし、仮庵の祭りを祝いました。その後、ツロとシドンから、杉や石などの資材と建築師を招きました。こうして、翌年の第二の月に、シェアルティエルの子ゼルバベルと、エホツァダクの子ヨシュアと、その他の兄弟たちの祭司とレビ人たち、および捕囚からエルサレムに帰って来たすべての人々は、主の宮の工事を指揮するために二十歳以上のレビ人を立てて工事を始めた。(8節)のです。

 建築師たちが主の神殿の礎を据えたとき、イスラエルの王ダビデの規定によって主を賛美するために、祭服を着た祭司たちはラッパを持ち、アサフの子らのレビ人たちはシンバルを持って出て来た。(10節)
 そして、彼らは主を賛美し、感謝しながら、互いに、「主はいつくしみ深い。その恵みはとこしえまでもイスラエルに。」と歌い合った。こうして、主の宮の礎が据えられたので、民はみな、主を賛美して大声で喜び叫んだ。(11節)


 神礼拝に、讃美歌や楽器を持ちこんで儀式に組み入れたのは、ダビデでしたが、最初の神殿礼拝についての規定は、レビ記にあります。これは、もっぱらささげ物規定を中心に祭司の祭祀手順が述べられています。ただし、神礼拝に音楽が伴ったと思われる祖形はいくつかあります。

 シナイ契約直前に神がシナイ山に降りてこられた時、角笛が長く鳴り響いたため、宿営の民はみな震え上がったとありますが、(出エジプト記19章16節)これは、民が吹いたのではなく、むしろ神が民に告げ知らせるために聞かせられた角笛の音であるとわかります。
 前後が逆になりますが、イスラエルの民が葦の海を渡り切ったとき、アロンの姉ミリヤムはタンバリンを手に取り、女たちもみなタンバリンを持って、踊りながら彼女について出てきた(出エジプト記15章20節)とあります。また、荒野でイスラエルの民が宿営地を移動する時、ラッパを吹き鳴らし、また、例祭の時にもラッパを吹き鳴らすように、神が命じておられます(民数記10章1節〜10節)

 有名なエリコ攻めの時、ヨシュアは、主の箱をかついだ祭司たちと武装した者たちでエリコの城壁のまわりを、行進するよう命じます。そのとき、七人の祭司たちが、七つの角笛を吹き鳴らすのです。この一見奇妙な儀式めいた攻撃のときの角笛に、どのような意味があるのでしょう。さとうはこれを、兵士に対する戦意高揚ではなく、神を賛美している場面だと思うのです。
 七日目にイスラエルの祭司と民が七回城壁の周りをまわり、ときの声を上げたとき、エリコの城壁はくずれ落ちたのです。(ヨシュア記6章20節)、これは、民の賛美の声に神が答えて下さったのを意味していないでしょうか。

★★★★★


 ダビデは、彼自身、天性の音楽家でした。音楽がサタンを追い払い、苦しむ魂を回復させるのを、サウル王への音楽セラピーなどを通じて体験していました。
 ですから、彼が神礼拝のかたちを整えた時、聖歌隊を組織し、レビ人や祭司にその役割を与えています。
 ゼルバベルらが、神殿の礎を築いたとき、彼らがラッパやシンバルを持って、神を礼拝したのは当然でした。

 しかし、祭司、レビ人、一族のかしらたちのうち、最初の宮を見たことのある多くの老人たちは、彼らの目の前でこの宮の基が据えられたとき、大声をあげて泣いた。一方、ほかの多くの人々は喜びにあふれて声を張り上げた。(12節)
 そのため、だれも喜びの叫び声と民の泣き声とを区別することができなかった。民が大声をあげて喜び叫んだので、その声は遠い所まで聞こえた。(13節)


 この情景は、人の心を映していますね。私たちも何かを回復したとき、喜ぶと同時に複雑な気持になることがあると思います。

 家一軒でも、建て替えてりっぱになればいいですが、以前より貧弱になると悲しむ人がいます。復興や回復を歓ぶより、昔の栄華をなつかしむのです。

 ソロモンの神殿を知っている老人も、その場にいたのでしょたう。彼らは、新しい神殿の礎石を見てその小ささに泣いたのです。でも、過去を知らない者たちは喜んだのです。
 世代間の違いがもたらす、泣き笑いの喧騒が描写されているのもまた、聖書の楽しい所です。



posted by さとうまさこ at 09:39| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする