2014年09月20日

Coffee Break 歴史の書・エズラ記12 妨害2(エズラ記4章5節〜5章1節)



 エズラ記・ネヘミヤ記は、聖書読者が難儀する難所の一つかもしれないと、さとうは思います。
 なによりも、物語が重いのです。神の救いのご計画がとん挫、または後退したかのように見える中での、イスラエルの苦闘が書かれています。
 サウル、ダビデにより、イスラエルで王政が始まって以後、南北イスラエルへの分裂など、イスラエルの歴史は複雑なようであってもある流れの中で書かれていました。
 しかし、アッシリヤとバビロンによって崩壊させられた南北イスラエル王国は、壊滅し、王、神殿、民のすべてが失われたのです。このような歴史的事実があれば、人間の視点で見た場合、その国の歴史は終わりです。ある期間は繁栄を誇った国が、その後あとかたもなく消え去った記録は、私たちの歴史にいくらでもあります。南王国ユダが崩壊した後、人間的な視点で見るなら、古代イスラエルは、もはや存在しないも同然だったのです。
 それが、続いていくのは、これが「神の国」の物語だからと思うのです。

 神さまは、激しい情熱と愛で、私たち人類をもう一度御許に連れ帰ろうとしておられるのであり、全能の神、すべての主権を握っておられる神さまがそうなさるかぎり、人間たちの思惑など超えて、計画は進められていると信頼できるのです。

 渦中にある人間にはわからないことがたくさんあります。神がクロス王に働かれて、ペルシャ領内にいる捕囚の民を帰還させ、神殿を再建する許可も財政的支援も与えて下さったのにもかかわらず、帰還したユダヤ人たちは妨害に遭うのです。

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 さらに議官を買収して彼らに反対させ、この計画を打ちこわそうとした。このことはペルシャの王クロスの時代からペルシャの王ダリヨスの治世の時まで続いた。(エズラ記4章5節)
 アハシュエロスの治世、すなわちその治世の初めに、彼らはユダとエルサレムの住民を非難する一通の告訴状を書いた。(6節)


 「彼ら」とは、4章1節で「ユダとベニヤミンの敵たち」と書かれている人々です。ゼルバベルと一族のかしらたちのところに近づいて来て、「私たちもあなたがたといっしょに建てたい」と申し出た人たちです。(同2節)
 
 神殿建設に協力したいというのですから、善い人たちのように思いますが、ゼルバベルが彼らとの共同作業を断ると、一転妨害する側に回るのです。ペルシャの議官を通じて政治的に妨害しようとしたり、アハシュエロス王の時代には、直接王に手紙を書いてエルサレムの住民を告訴するのです。
 王ダリヨスは、クロスから三代目の王です。BC522年からBC486年と36年の長きにわたって在位していました。アハシュエロス王は、ダリヨスの息子です。(BC486〜BC465年の在位)エステル記に登場するのは、このアハシュエロス王です。
 この期間を考えても、「彼ら」の妨害が長期にわたり、執拗だったことがわかります。
 せっかく、礎を築いた神殿の工事は、こうして頓挫し、なかなか進まなかったのです。

 また、アルタシャスタの時代に、ビシュラム、ミテレダテ、タベエルとその他の同僚は、ペルシャの王アルタシャスタに書き送った。その手紙はアラム語の文字で書かれ、アラム語で述べられていた。(7節)
 参事官レフム、書記官シムシャイはエルサレムを非難して、次のような手紙をアルタシェスタ王に書き送った。(8節)
 すなわち、参事官レフム、書記官シムシャイ、その他の同僚、裁判官、使節、役人、官吏、エレク人、バビロン人、シュシャンの人々、すなわち、エラム人、(9節)
 その他、名声高い大王オスナパルがサマリヤの町と川向こうのその他の地に引いて行って住まわせた民たちが、書き送った。さて、(10節)
 彼らが送ったその手紙の写しは次のとおりである。
 「川向こうの者、あなたのしもべたちから、アルタシャスタ王へ。さて、(11節)


 このように敵の妨害の中で、進退窮まっているユダの民に対し、神はかなり直接的な介入をなさいます。ふたりの預言者ハガイとゼカリヤに預言を授けられるのです。(5章1節)






posted by さとうまさこ at 10:40| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする