2014年09月24日

Coffee Break 歴史の書・エズラ記16 第二神殿奉献とエズラの帰還(エズラ記6章16節〜7章10節)



 そこで、イスラエル人、すなわち、祭司、レビ人、その他捕囚から帰って来た人々は、この神の宮の奉献式を喜んで祝った。(エズラ記6章16節)
 彼らはこの宮の奉献式のために、牛百頭、雄羊二百頭、子羊四百頭をささげた。また、イスラエルの部族の数に従って、イスラエル人全体の罪のためのいけにえとして、雄やぎ十二頭もささげた。(17節)
 また彼らは、エルサレムでの神への奉仕のため、祭司をその区分に従って、レビ人をその組にしたがってそれぞれ任命した。モーセの書にしるされているとおりである。(18節)


 当然ですが、神殿の奉献式はソロモンが神殿を完成させたとき以来です。(T列王記8章)
 アダルの月とは、古代イスラエルの暦では第12の月です。現代の太陽暦では二月半ばから三月半ばにあたります。奉献式の時に献げられた動物の数は、もちろん、ソロモン時代の最初の奉献式の時とはけた違いに少ないのです。(U列王記8章62節〜64節)しかし、ヒゼキヤの宮清めの時に、ヒゼキヤ王とつかさたちが献げた全焼のいけにえの数は、牛七十頭、雄羊百頭、子羊二百頭ですから(U歴代誌29章32節)、流浪の民としては、精一杯ささげたことがわかります。

 アダルの月の次はニサンの月つまり第一の月です。三月半ばから四月半ばに至るこの期間に、過ぎ越しの祭り、種を入れないパンの祭り、初穂のまつりと新年の行事が続きます。
 神殿奉献を終えたイスラエル人は、つぎに過ぎ越しの祭りを行なったのです。

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 7章1節は、エズラの紹介が始まります。エズラは素性をモーセの兄アロンにまで遡ることができる祭司でした。ペルシャの王からも一目置かれるような律法に精通した学者でした。
 異郷の地バビロンにいて、彼もまた故郷エルサレムと彼の神のことを思って祈っていたに違いありません。そのような彼に、アルタシャスタ王は帰郷を許したばかりでなく、政治的、経済的支援も与えてエルサレムに帰すのです。

 エズラはバビロンから上って来た者であるが、イスラエルの神、主が賜ったモーセの律法に通じている学者であった。彼の神、主の御手が彼の上にあったので、王は彼の願いをみなかなえた。(エズラ記7章6節)
 アルタシャスタ王の第七年にも、イスラエル人のある者たち、および、祭司、レビ人、歌うたい、門衛、宮に仕えるしもべたちのある者たちが、エルサレムに上って来た。(7節)
 エズラは王の第七年の第五の月にエルサレムに着いた。(8節)
 すなわち、彼は第一の月の一日にバビロンを出発して、第五の月の一日にエルサレムに着いた。彼の神の恵みの御手が確かに彼の上にあった。(9節)


 アルタシャスタ王は、ダリヨス王の孫に当たります。ダリヨスの次の王はエステル記に出て来るクセルクセス一世(アハシュエロス王)です。つまり、エズラは、神殿再建(BC515年)からかなり時間が経ったアルタシャスタ王の7年(BC458年)に、エルサレムに戻ってきたのです。その間、57年が経っています。

 エズラの帰還にはどのような意味があったのでしょうか。それは、明日。




posted by さとうまさこ at 10:22| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする