2014年09月30日

Coffee Break 歴史の書・エズラ記22 神に対する人の道(エズラ記10章1節〜9節)



 エズラが神の宮の前でひれ伏し、涙ながらに祈って告白しているとき、イスラエルのうちから男や女や子どもの大集団が彼のところに集まって来て、民は激しく涙を流して泣いた。(エズラ記10章1節)

「立ち上がって下さい。このことはあなたの肩にかかっています。私たちはあなたに協力します。勇気を出して実行してください。」(4節)


 長崎の原爆で被爆し、原爆病で亡くなった永井隆博士は、その著書「この子を残して」で、キリスト教信仰について、「神に対する人の道」と要約しています。この一見儒教的な枠組みを使った要約は「実にそのとおり」と、さとうは感銘を受けたのです。人の生き方を道にたとえると、その道は「神と向き合う」ことでまっとうされるのは、聖書を読めば明らかです。
 私たち人間は、そもそも神様の愛の対象として造られ、神様とぴったり向き合って、神様の愛を受けて暮していたのです。罪を犯す前のアダムとエバは、エデンの園で、満たされていました。すべて神さまが準備して下さった美しく整った環境の中で、食べる心配も死の心配も、病の心配もなかったのです。神様の愛を受けて、神様と向き合い、語り合う生活が「人の道」でした。それが、厳しい、険しい、困難な道になったとしたら、それは、私たちが神様の命令に背いて、楽園を追放され罪の世界に堕ちたからです。罪の世界に堕ちると同時に、人は、「神に対する人の道がある」ということを、見失ってしまったのではないでしょうか。わかっている者も、罪が神との間の隔てとなって、神様の元に行くことが困難になってしまったからではないでしょうか。

 その例・第一号が、カインの弟アベル殺しです。彼らは収穫物の中からささげ物をするという気持ちを持っていたのです。神様と向き合おうとしたのです。ところが、罪は「語りかける」のです。「神は弟のささげ物だけに目を止められたぞ。さあ、怒れ。妬め。殺せ」
 神さまは、それをご覧になって、「正しく行ったのならそれでよいではないか。心を治めなさい」と声を掛けられるのですが、カインを戸口で待っていた罪(サタン)が、カインと神様との間の隔てになるのです。

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 罪はカインの住まいの戸口で待っていただけではありません。その後に増え続けたすべて人の前に待っていて、神と人との間を隔てて来たのです。それで、主は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。(創世記6章6節)
 結果、神様は、ノア一家を選んで箱舟に避難させ、地上をリセットしようとされるのです。けれども、そのノアも完全ではあり得ませんでした。また彼から出たその子孫からも罪が現れました。
なぜなら、彼らは、神様を慕い、ささげ物をすることを「知って」いましたが、神と人との交わりとは「どのようにあるべきか」わからなかったからです。神様と交わりたい。けれども神さまとの真の関係がどのようなものか、見当もつかない人間は、精一杯の想像力と期待を込めて「偶像」を造り、自分のむなしく、不安な気持ちを仮託したのです。しかし、偶像が、まことの神さまと人との間をいっそう隔てることには、当時の人はもちろん、今でさえ気がつかないのが、私たち人間かもしれません。

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 ノアの洪水は、私の言葉で「箱舟方式」と呼ばせていただいて、Coffee Breakに書きました。神様は「箱舟方式」で地上の罪を洗い流そうとされたのです。
 箱船方式も神さまの、人間に対する大いなる憐みの現れだと思いますが、次に、神様はまったく新しい(しかし、もともと心に秘めておられた)ご計画を実行に移されたと、さとうは思います。それが、アブラハムの召命に始まるイスラエル民族の育成です。
 神の民イスラエルに神の御力と救いを経験させ、神との契約を結ばせ、「神に対する人の道」をお示しになったのです。犠牲を献げ、礼拝をし、神様の御声を聞こうとする大切さ。神に向かうために必要な戒めとさだめを与え、神に真実である聖い生活の基準をお示しになったのです。それは、出エジプト記以降、非常に明快に提示されていることです。

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 そこで、彼らは、捕囚から帰って来たものはみなエルサレムに集合するようにと、ユダとエルサレムにおふれを出した。(7節)
 それには、つかさたちや長老たちの勧告に従って、三日のうちに出頭しない者はだれでも、その全財産は聖絶され、その者は、捕囚から帰って来た人々の集団から切り離されることになっていた。(8節)
 それで、ユダとベニヤミンの男はみな、三日のうちに、エルサレムに集まって来た。それは第九の月の二十日であった。こうして、すべての民は神の宮の前の広場にすわり、このことと、大雨のために震えていた。(9節)


 ここで、宮の前に集まって来たイスラエル人の民が、震えていたのは、彼らが「神に対する人に道」に外れていることを自覚していたからだと思います。





posted by さとうまさこ at 11:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする