2014年10月01日

Coffee Break 歴史の書・エズラ記23 エズラ記の時代とイエス・キリストの時代(エズラ記10章10節〜14節)



 祭司エズラは立ち上がって、彼らに言った。「あなたがたは不信の罪を犯した。外国の女をめとって、イスラエルの罪過を増し加えた。(エズラ記10章10節)
 だから今、あなたがたの父祖の神、主に告白して、その御旨にかなったことをしなさい。この地の民と外国の女から離れなさい。」(11節)
 全集団は大声をあげて答えた。かならずあなたの言われたとおりにします。(12節)


 帰還したイスラエル人の多くが現地の異教の女を妻として迎えていました。逆もあったかもしれません。異教の民に娘を嫁がせていたかもしれません。要するに「縁を結んで」いたのです。エズラはそれを聞いたとき、ひどいショックを受け、断固として離婚させようとしたのです。それは、神に対する「不信の罪」であり、「イスラエルの罪過」だと断定しているのです。主の御旨にかなうためには、外国の女から離れなさいと命じているのです。
 これは、論理だけを追えば、じつにそのとおりです。私たちが何か悪事をしていて、たとえば盗みや姦淫の癖があるなら、それから離れるのは当然です。癖になっていることをすぐに止めるのにはそれなりに意志の力が必要ですが、それは自分の意思の問題です。しかし、すでに結婚していて、場合によっては子どもも孫もある家庭で、一家の主婦を離縁するとなると、家庭の破壊になります。エズラのことばを聞いた民が泣いたのは当然です。神への恐れと、家庭生活を失う恐れとが彼らを震撼(しんかん)させたでしょう。
 すぐに、妻を説得して離縁するのも難しく思われたことでしょう。そこで、ある程度の時間を下さいと言う提案がなされるのです。

 しかし、民は大ぜいであり、また、大雨の季節ですから、私たちは外に立っていることができません。しかも、これは一日や二日の仕事でもありません。このことでは、私たちの多くの者がそむいているのですから。(13節)
 私たちのつかさたちは全集団に代って、ここにとどまっていただきたい。そして、私たちの町で外国の女をめとった者がみな、定まった時に、それぞれの町の長老たちとさばきつかさたちといっしょに出て来るようにしていただきたい。そうすれば、このことについての私たちの神の燃える怒りは、私たちから遠ざかるでしょう。」(14節)


 代表をエルサレムに残して、民はいったん帰らせてほしいというのです。

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 エズラの帰還の意味は、聖書的には信仰復興、イスラエルの神への信仰の純化にあるように見えます。
 このような箇所だけを取り上げて見ると、神への真実な信仰と異教徒との結婚は絶対に相容れないのが、「聖書の神」「キリスト教」信仰だと思われるほどです。しかし、聖書を全体として読んでいる読者なら、聖書には異教徒が神の御旨に叶っている例はたくさんあるのを知っています。結婚だけをとっても、イエスの家系にラハブやルツが入っています。ダビデの曾祖母のルツはモアブの女でした。ルツの夫となったボアズはエリコの町の遊女ラハブの息子でした。(マタイの福音書1章5節)これらは異邦人でさえ用いられ、聖書の神がまさにユニバーサルな神である証拠として説教でも語られるのです。
 また、神殿を建設して神殿礼拝を整え、政治的にはイスラエルを強国として知らしめたソロモンは、たくさんの外国の女をめとっていたのです。が、それ自体は、すぐに「離縁」を求められているのでもありません。

 なにより、イエス様は、混血の民として蔑まれていたサマリヤに入って行かれ、サマリヤの女に「神の救い」を伝道しておられます。

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 危ういのは、エズラ記のこのような個所が、信仰による異教徒の粛清であるかのように解釈される可能性です。この箇所から、現代の教会でのクリスチャンのノンクリスチャンとの結婚を信仰的な間違いと解釈しているサイトもあります。

 エズラの時代、あるいは旧約聖書の時代にはたしかに、聖書の神・アブラハム、イサク、ヤコブの神への信仰は純粋さをもって再興されるべきものでした。せっかく、神がアブラハムを召されて神の民を育成されていたのに、その神の民は滅びに瀕していたのです。神がペルシャの王たちに働かれて、やっと一部がエルサレムに帰還し、信仰を復興させたのです。神の民のぶどう園(小麦畑)が小さくても復活したのです。そこに、毒麦が混じることはすべてを台なしにする可能性があったのです。エッサイ→ダビデの家系の末に、救い主を降誕させるのが神のご計画でしたから、その家系を継ぐ麦畑は純粋でなければなりませんでした。

 それに対し、今は既に、救い主が来られ、救いが完成しているのです。
 私たちが目指すのは、ノンクリスチャンから距離を置くことではなく、未信徒の中に入って行き、伝道することだと命じられていると思うのですが。





posted by さとうまさこ at 10:56| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月02日

Coffee Break 歴史の書・エズラ記24 エズラの使命、神の民の苦難(エズラ記10章16〜44節、出エジプト記10章11節〜16節、申命記7章3節)



 捕囚から帰って来た人々は、その提案通りにした。祭司エズラは、彼らの一族のために、一族のかしらのある者たちをみな、名ざしで選び出した。こうして、彼らはこのことを調べるために。第十の月の一日に会議をはじめ、(エズラ記10章16節)
 第一の月の一日までに、外国の女をめとった男たちについて、みな調べ終えた。(17節)
 祭司の子らのうちで、外国の女をめとった者がわかったが、それはエホツァダクの子ヨシュアの子たちと、その兄弟たちのうちから、マアセヤ、エリエゼル、ヤリブ、ゲダルヤであった。(18節)
 彼らはその妻を出すと言う誓いをして、彼らの罪過のために、雄羊一頭を罪過のためのいけにえとしてささげた。(19節)


 エズラ記は、このあと、外国人の妻をめとった者たちの名簿となっています。祭司の一族の中から、イメル族、ハリム族、パシュフル族に属する者の名が列挙されています。(20節〜22節)
 つぎに、レビ人の名が挙がり(23節)、同じレビ人でも、歌うたいや門衛の職務を負っている者たちの部族名と名前が並んでいます。(24節〜44節)

 帰還した者たちはユダとベニヤミンの一族のかしらたちと、祭司たち、レビ人たち、民、家族、男女の奴隷までいたのです。ここで、外国人と結婚したとして名が挙がっているのは、その中でも宮に仕える重要な職責がある者たちだったと思われます。

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 すでに結婚して子供まである夫婦を離別させるというエズラの改革は、今日の倫理基準で見ると厳しすぎるように見えます。
 歴史を辿るまでもなく、結婚そのものは、いつも国や民族、家柄や貧富などの枠組みで、いろんな枷がはめられてきたのです。日本でも、ついこの間まで、「釣り合わぬは不縁の元」などということわざが生きていたのです。純真な若い娘や息子が、家格の違う相手を好きになるようなことがないように、親は気を揉んだのです。韓国ドラマを見ていましたら、貴族と平民の結婚は「ご法度」「死刑」と言うセリフがありました。これは、結婚が社会的秩序の基礎になる単位だと考えると、うなずけることです。つまり、自由な結婚は、秩序ある社会制度をゆるがすのです。
 外国人との結婚は、外国人との接触が多い地域では一般的だったかなと思うのですが、そこにも利害損得が関わってきます。異国の価値観や文化が混入してくるのは、社会にとって、なかなかストレスなことです。

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 聖書では、神のことばとして、イスラエルの民に外国人との結婚を禁じています。
 最初は、出エジプト記34章10章から、十戒の契約の前提として述べられています。
 同じことの繰り返しになっていますが、申命記7章1節〜5節にも明記されています。

 わたしがきょう、あなたがたに命じることを、守れ。見よ。わたしはエモリ人、カナン人、ヘテ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人を、あなたの前から追い払う。(出エジプト記34章11節)
 あなたは、注意して、あなたが入って行くその地の住民と契約を結ばないようにせよ。それが、あなたの間で、わなとならないように。(12節)

 あなたがたはその地の住民と契約を結んではならない。彼らは神々を慕って、みだらなことをし、自分たちの神々にいけにえをささげ、あなたを招くと、あなたはそのいけにえを食べるようになる。(15節)
 あなたがその娘たちをあなたの息子たちにめとるなら、その娘たちが自分たちの神々を慕ってみだらなことをし、あなたの息子たちに、彼らの神々を慕わせてみだらなことをさせるようになる。(16節)

 また、彼らと縁を結んではならない。あなたの娘を彼の息子に与えてはならない。彼の娘をあなたの息子にめとってはならない。(申命記7章3節)


 エズラは、このようなおきてに厳格に従おうとしたのだと思います。風前のともしびとなっていた神の民イスラエルの血を、純血なものとするのが彼の使命だったからです。
 まことに、その初めから弱小だったイスラエル民族が、神の選びの民であり続けることは、苦難の道だったといえます。

 イスラエルの数々の痛みと苦難は、その末に救い主を送って下さろうとする「天地創造の神」「聖書の神」のご計画のためでした。
 私たちの救いは今は無代価ですが、簡単に成し遂げられた出来事ではないことを、噛みしめたいと思うのです。



         ★エズラ記は、今回で終わりとします。あすからは、ネヘミヤ記に入ります。
          引き続きご訪問くださいますように。
                                    さとうまさこ




posted by さとうまさこ at 10:31| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月03日

Coffee Break 歴史の書・ネヘミヤ記1 ネヘミヤの悲しみと祈り(ネヘミヤ記1章1〜8節)



 ハカルヤの子ネヘミヤのことば。第二十年のキスレウの月に、私がシャンシャンの城にいたとき、(ネヘミヤ記1章1節)
 私の親類のひとりハナニが、ユダから来た数人の者といっしょにやって来た。そこで私は、捕囚から残ってのがれたユダヤ人とエルサレムのことについて、彼らに尋ねた。(2節)
 すると、彼らは私に答えた。「あの州の捕囚から逃れて生き残った残りの者たちは、非常な困難のなかにあり、またそしりを受けています。そのうえ、エルサレムの城壁はくずされ、その門は火で焼き払われたままです。」(3節)


 もし、あなたが故郷から切り離されて暮らしていたら、たまたま訪ねてきた故郷の人たちに、国の様子を聞きたいと思うでしょう。今日のように情報が瞬時に世界を駆け巡っている時代でも、メールやスカイプで毎日親しい友と語り合うことができる人たちでも、故郷の親戚や友人に会うのはうれしいことです。何と言っても、たんなる「できごとの要約ではない」レアな情報がわかります。「田舎も、過疎化してさびれているよ」ではなく、「誰それも、誰それの娘も故郷を出て行った。ある人は東京に、ある人はアメリカに、ある人は遠いアフリカにいる・・・。あのばあさんの家は住む人もなくて、草ぼうぼうだよ」なんて、情報を聞くことができるのです。目の前にいる親類の人のちょっとした言葉遣いや、顔色や、食べ物を食べる時の癖からも、お互いの歳月の隔たりに気付いて、うれしくなったりさびしくなったりするのです。

 ネヘミヤ記は、ペルシャの都シャンシャンにいるネヘミヤのところに、親類のハナニがユダから来た者たちを連れて、会いに来たところから、話が起されています。
 ネヘミヤは、もちろん、故郷の様子を聞きたがったのです。バビロン捕囚で、故郷エルサレムやユダから引き抜かれ、中東全域に散らされたユダヤ人ですが、それでも、故郷エルサレムは存在し、残留したユダヤ人もいたのです。
 「それで、エルサレムはどうなっている?」と、故郷の人たちに詰め寄るネヘミヤの姿が見えるような場面です。
 答えは荒れ果てた国の様子でした。

 私が、貧しい想像力で脚色するのを許していただきたいのですが、
「いやあ。エルサレムは悲惨な状態ですよ。みんなその日の生活にも難儀していますし、異教徒や外国人が威張り散らして、何かと言えばユダヤ人を辱しめるんです。まあ、エルサレムの城壁も崩れてボロボロ、火で焼き払われて門もない有様ですから、バカにされるんですがね。」

 このような故郷の荒廃、零落ぶりを聞かされて悲しまない者などいないでしょう。ネヘミヤも大変なショックを受けたのです。

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 私はこのことばを聞いたとき、すわって泣き、数日の間、喪に服し、断食して天の神の前に祈って、(4節)
 言った。「ああ、天の神、主。大いなる、恐るべき神。主を愛し、主の命令を守る者に対しては、契約を守り、いつくしみを賜る方。(5節)
 どうぞ、あなたの耳を傾け、あなたの目を開いて、このしもべのいのりを聞いてください。私は今、あなたのしもべイスラエル人のために、昼も夜も御前に祈り、私たちがあなたに対して犯した、イスラエル人の罪を告白しています。まことに、私も私の家も罪を犯しました。(6節)


 ネヘミヤは数日の間、喪に服し、断食して祈りました。相手はもちろん、イスラエルの神、天地を創造されたヤーウエでした。
 「ああ、天の神、主。大いなる、恐るべき神。主を愛し、主の命令を守る者に対しては、契約を守り、いつくしみを賜る方。」とは、十戒を下さるときに、主が約束して下さった出エジプト記20章6節のことばです。
 ネヘミヤは自分の信仰に賭けて、このように熱心に主・アブラハム、イサク、ヤコブの神に呼びかけています。

 もちろん、熱心に祈ればいいのではありません。主をほめたたえた後、つぎには、悔い改めが来るのです。
国を滅ぼされ、捕囚になるような事態を主が許されたのは、イスラエルが罪を犯したからでした。

 私たちは、あなたに対して非常に悪いことをして、あなたのしもべモーセにお命じになった命令も、おきても、定めも守りませんでした。(7節)

 それから、ネヘミヤは訴えるのです。しかし、どうか、あなたのしもべモーセにお命じになったことばを思い起こしてください――。(8節)






posted by さとうまさこ at 10:52| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月04日

Coffee Break 歴史の書・ネヘミヤ記2 献酌官ネヘミヤの祈り(ネヘミヤ記1章8節〜11節、出エジプト記20章3節〜6節、エステル記4章11節)


 しかし、どうか、あなたのしもべモーセにお命じになったことばを思い起こしてください。『あなたがたが不信の罪を犯すなら、わたしはあなたがたを諸国民の間に散らす。(8節)
 あなたがたがわたしに立ち返り、わたしの命令を守り行うなら、たとい、あなたがたのうちの散らされた者が天の果てにいても、わたしはそこから彼らを集め、わたしの名を住まわせるためにわたしが選んだ場所に、彼らを連れてくる』と。(9節)
 これらの者たちは、あなたの偉大な力とその御手をもって、あなたが贖われたあなたのしもべ、あなたの民です。(10節)


 ネヘミヤの親類のハナニが、故郷ユダからやって来た者たちを連れてネヘミヤに会いに来たのです。その話は悲惨でした。エルサレムは荒廃し、城壁は崩れ、門は焼失してしまったと言うのです。とうぜん、ユダの人々は周りの異教徒から蔑まれ、そしりを受けているのです。
 ネヘミヤは、すわって泣き、数日間、喪に服し、断食して祈るのです。
 これは、どういう意味でしょう。もちろん、選民イスラエルは、困難な時には、彼らの神アブラハム、イサク、ヤコブの神に祈るのです。けれども、ここは、そのような慣習化された行いとして祈っているのでないのは自明です。

 エズラ同様、およそイスラエルの教養人、真摯な神の民である者、イスラエルの神・主が賜ったモーセの律法に通じている者なら、国の崩壊に直面して、その原因を聖書から容易に思い起こすことができたのです。
 主は意味なく、ご自分の民を困難に陥れないのです。主は、シナイでその契約を下さった時から、イスラエルが主の民であるために果たさなければならない戒めを言い聞かせておいでなのです。
 それは、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記などに、言葉を変え、状況を変えた場面で、何度も書かれていることですが、要約するとひとつです。

 十戒の一番目の戒め、
 あなたは、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。(出エジプト記20章3節)

 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、(同5節)
 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。(6節)

 このような主への裏切りは、申命記28章では、さらに具体的なのろいとして例示されています。

 もし、あなたが、あなたの神、主の御声に聞き従わず、わたしが、きょう、命じる主のすべての命令とおきてとを守り行わないなら、次のすべてののろいがあなたに臨み、あなたはのろわれる。(申命記28章15節)


 ですから、ネヘミヤにとっては、ユダの運命の過酷な現状は、すべて自分たちの過去の行いから来ているのがわかっていました。だからこそ、彼は喪に服し、断食し、悔い改めの姿勢を取ったあと、天の神に祈るのです。

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 ああ、主よ。どうぞ、このしもべの祈りと、あなたの名を喜んで敬うあなたのしもべたちの祈りとに、耳を傾けて下さい。どうぞ、きょう、このしもべに幸いを見せ、この人の前に、あわれみを受けさせてくださいますように。」そのとき、私は王の献酌官であった。(ネヘミヤ記1章11節)

 幸いネヘミヤは、ペルシャの宮廷でも、しかるべき地位にありました。献酌官とは、王の食事の席にはべって酒の給仕をする者ですが、これは大変重要な地位だったのです。
 大ペルシャ帝国のような国では、王の前に出るだけでも一定以上の地位と、多くの手続きが必要でした。それは、王の寵妃となったエステルをして、次のように言わせるほどの制度でした。

 「王の家臣も、王の諸州の民族もみな、男でも女でも、だれでも、召されないで内庭に入り、王のところに行く者は死刑に処せられるという一つの法令があることを知っております。――」(エステル記4章11節)

 王のそばで王の顔を見ながら、王の口に入る酒の酌を任されるのは、元の家柄も良く、言葉にも通じ、教養もあり、人柄が信頼されていなければなりません。ネヘミヤが、主に祈ったとき、主の憐れみが、自分の主人、ペルシャの王を通してもたらされるのを期待したとしても、不思議はありません。







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2014年10月06日

Coffee Break 歴史の書・ネヘミヤ記3 献酌官ネヘミヤの訴えと王の答え(ネヘミヤ記2章1節〜11節)



 アルタシャスタ王の第二十年のニサンの月に、王の前に酒が出たとき、私は酒を取り上げ、それを王に差し上げた。これまで、私は王の前でしおれたことはなかった。(ネヘミヤ記2章1節)
 そのとき、王は私に言った。「あなたは病気でもなさそうなのに、なぜ、そのように悲しい顔つきをしているのか。きっと心に悲しみがあるに違いない。」私はひどく恐れて、(2節)


 ネヘミヤが王の前で、献酌官の務めを果たす場面です。これは、ニサンの月となっています。ニサンの月は、当時のユダヤ歴で一月でした。ネヘミヤが最初ユダから来た者たちから、故郷の荒廃を聞かされたのがキスレウの月――ユダヤ歴の九月――です。(ネヘミヤ記1章1節)そのときから四カ月が経っていることになります。

 このように物語の経過が具体的に示されることは、読む者にとって、とても助けになります。故郷の荒廃に泣いて祈りながら、この間、ネヘミヤはなすすべもなく悶々としていたのです。
 宮廷で高い地位にあるとはいえ、しょせんネヘミヤは「宮仕えの身」なのです。簡単に移動したり旅をしたりはできなかったのでしょう。それに、ただ、旅をしてユダに帰ってみたところで、どうにもならない事態なのです。
 とはいえ、献酌官は、その正しい態度があるのです。食卓にはべるのですから、いつも温和で知的で礼儀正しくなければなりません。たとえ、夫婦げんかをして出て来ても、そのような家庭の事情が、態度や顔色に現れてはならなかったでしょう。それがわかっているネヘミヤにして、顔の苦悩を消すことができないほど、ネヘミヤは悩み抜いていたのに違いありません。王に、顔色を指摘されたネヘミヤは、かしこまって言うのです。

 王に言った。「王よ。いつまでも生きられますように。私の先祖の墓のある町が廃墟となり、その門が火で焼き尽くされていると言うのに、どうして悲しい顔をしないでおれましょうか。」(3節)


 これは、思いがけない機会です。ネヘミヤは王にユダの現状を訴えることができたのです。たぶん、宮廷では、私的な嘆願を王に出すことは原則として禁止されていたでしょう。でも、王から訊ねられれば話は別です。

 すると、王は私に言った。「では、あなたは何を願うのか。」そこで私は天の神にいのってから、(4節)
王に答えた。「王さま。もしもよろしくて、このしもべを入れてくださいますなら、私をユダの地、私の先祖の墓のある町へ送って、それを再建させて下さい。」(5節)
 王は私に言った。――王妃もそばにすわっていた――「旅はどのくらいかかるのか。いつ戻って来るのか。」私が王にその期間を申し出ると、王は快く私を送り出してくれた。(6節)
 それで、私は王に言った。「もしも、王様がよろしければ、川向うの総督たちへの手紙を私に賜り、私がユダに着くまで、彼らが私を通らせるようにしてください。(7節)
 また、王に属する御園の番人アサフへの手紙も賜り、宮の城門の梁を置くため、また、あの町の城壁と、私が入る家のために、彼が材木を私に与えるようにしてください。」私の神の恵みの御手が私の上にあったので、王はそれを叶えてくれた。(8節)


 願ってもない幸運が訪れたのです。ネヘミヤはエルサレムの再建、そのための休暇を申し出ることができただけではありません。通行証などの政治的配慮、また、再建に必要な木材などを手に入れることができるよう、経済的支援を申し出ることができたのです。

 さらに、王は故郷に帰るネヘミヤのために、王の将校たちと騎兵(護衛)をつけてくれたのです。(9節)

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 ホロン人サヌバラテと、アモン人で役人のトビヤは、これを聞いて非常に不きげnになった。イスラエル人の利益を求める人がやって来たからである。(10節)
 こうして、私はエルサレムにやって来て、そこに三日間とどまった。(11節)

 イスラエル人が捕囚に連れ去られ、王国ユダが滅びた後には、すでに新しい居住者が移り住み、新しい秩序が作られていたでしょう。ネヘミヤが帰還したアルタシャスタ王の第二十年は、BC445年で、エズラの帰還がBC458年ですから、すでに13年が経っています。第三回バビロン捕囚がBC586年ですから、六十九年間も崩壊した城壁が放置されていたのです。残留したユダヤ人もあったのですが、エルサレムが外国人が勢力を振るう町になっていたとしても、不思議はありません。

 そんなわけで、現地の役人は、ネヘミヤを歓迎しなかったのです。






posted by さとうまさこ at 10:27| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする