2015年04月06日

Coffee Break 知恵文学・ヨブ記101 ヨブ記を終えるにあたって



 ヨブ記は、「よくできた」話です。だれにもわかりやすく、面白い場面から幕が上がります。
 主人公は、「神さまの前に、潔白で正しい人」「東の地方一番の大金持ち」「仲の良い多くの子どもたち」など、三拍子そろった幸せな人生を送っています。実際に存在するかどうかはとにかく、私たちは、このようなはっきりした特徴を提示されると、不思議に興味が倍増しますね。

 天上の世界の描写も面白いです。それがどこにあるとか、どのような様子かの描写などなく、神の御用をつとめている「神の子」の存在が明確にされ、「神の子が定期的にか、不定期的にか、神の前に「立つ」のです。この立つの語源はアッカド語で、「王の前に立つ」という意味で、御前会議をほのめかしているそうです。(新実用聖書注解・いのちのことば社) 神さまの配下である「神の子が」地上を生き巡って集めて来たデータをもって、会議に臨んでいる場面が想像できます。
 まあ、実際には、神様は「私たちの髪の毛の数までご存じの」全知全能のお方なのですから、このような配下は必要としておられないと、さとうは思います。ただ、このような設定は、私たち読者にはとても具体的でわかりやすい気がします。そこに、良い報告だけでなく、悪意ある報告や意見を述べるサタンもいたのです。なんともドラマチックです。

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 サタンの進言は悪意に満ちています。「信仰の優等生」ヨブの成績表にケチをつけるのです。「あなたが彼を可愛がっておられるから、彼もあなたに忠実なだけですよ」なんて、社長に吹き込む意地の悪い秘書みたいな感じです。このようなことも、ありえない設定ではないので、読者は話に引き込まれます。
 「彼の地位を外しなさい。彼の給与を取り上げなさい・・・」まあ、地上の上司なら、出来ることはせいぜい地位と権限と給与を取り上げることですが、神の権限は全領域に及びます。ヨブは、家族を奪われ、健康も奪われるのです。神は、人の命も握っておられるのですが、サタンがヨブの命を奪うことだけは、お許しになりません。

 とはいえ、ここで、ヨブは極限状態に立たされます。

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 ヨブ記の話は、リアリティがないように見えるのですが、私たちの心には、この設定を受けいれる「何か」が確かに存在しているのです。
 私たちは、このような極限状態を恐れて、そうならないように「がんばっている」と言っても過言ではないでしょう。今日では法制度も整備され、福祉もそこそこ充実していますが、それでも倒産や失業で一家心中などという話も聞きます。経済的打撃に病気でも加われば、もう立ち直れない人も多いでしょう。

 不幸は、因果応報の結果だとの思い込みは、社会や人間の心に浸透しています。絶望的な場所に立たされた人に、「因果応報、悪因悪果」の思想は、最後の一撃です。
 ヨブ記では、ヨブの「誠実な」友人たちが、この思想をもってヨブを打つのです。

 この構図もよくわかります。私たちも、苦しむ人に対してそのような目を向け、そのような一撃を加えます。だれが言わなくても、自分に問いかけます。「いったい、私の何が、いけなかったのだろう。どこで、間違いを犯したのだろう」
 間違いを犯さない人などいないのですから、これは自己嫌悪を招きます。自分の価値を自分でかぎりなく貶める悪循環にも陥ります。「私はしょせんダメ人間だ」「生まれてこないほうがよかった」と、かぎりなく自分を追いつめる感情から、自殺までは半歩もありません。
 それでも踏みとどまるとしたら、自分を合理化するしかありません。「お前は悪い」と断罪する者にたいして、「いいや。悪くない。話を聞いてくれ」と向かっていくしかないのです。神が罰したと言われれば、神に申し開きをするのです。

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 とても難しい話に見えるヨブ記ですが、「プチ・ヨブ記」の様な体験はだれでも一度くらいしていないでしょうか。また、その体験の中で、私たちは、自分が一人ではいかに自信のない脆い存在であるかを、知るのではないでしょうか。
 誰ひとり自分を理解してくれず、自分は身動きの取れない「刑罰」のなかに追いやられていると感じるような時、私たちは自分を弁護してくれる「絶対者」を求めないでしょうか。親や友人や法が弁護してくれるあいだは、まだ良いのです。ほんとうに誰ひとり理解者を得られない時、その弁護者は、やっぱり全能の神です。
 
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 ヨブは最後に神と会いました。それだけで、ヨブは満足しました。財産や家族が回復されたのは、たぶん、世俗的な読者へのサービスでしょう。
 仮に失ったものを回復されていなくても、ヨブは満足したはずです。
ヨブは世俗的な「優等生」から、ほんとうの信仰者になったのです。そのようなヨブの変化をご覧になったとき、神もまた、ヨブにゆるぎない祝福をお与えになったのではないでしょうか。
 
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 ヨブ記は、評判どおり、大変むずかしい書物でした。つたない文章を読み続けてくださった読者にお礼を申し上げます。
 明日からは、「詩編」に入ります。懲りずにご訪問下さい。また、ご教示、ご示唆、間違いの指摘などございましたら、コメント、メールで知らせて下さいますようお願い申し上げます。
                                        さとうまさこ





posted by さとうまさこ at 10:55| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする