2015年04月27日

Coffee Break詩編・21 主が、サウルの手から彼を救い出された日に。(詩編18篇1節〜15節)



 指揮者のために。主のしもべダビデによる。
 主が、彼のすべての敵の手、特にサウルの手から彼を救い出された日に、
 この歌のことばを主に歌った

 この表題は長いですね。この詩の編集者は、「特にサウルの手から彼(ダビデ)が救い出された日」を、強調したかったのでしょう。
 ダビデがサウルの手から「救い出された」のは、いつでしょう。何度かダビデは奇跡的にサウルの追撃を逃れているのですが、決定的なのはサウルが死んだ日かもしれません。サウルは生涯ペリシテ人との戦わなければならなかったのですが、結局、最後はこの戦いに負けて、ギルボア山で息子ヨナタン、アビナダブ、マルキ・シェアとともに殺されるのです。(Tサムエル記31章2節〜6節)
 ダビデに対しては、悪魔のようになってその命を付け狙ったサウルですが、それでも、王として、彼なりに必死にイスラエルを他民族から守ろうとしていたのは事実でしょう。もともと王制は他民族との戦いの中心となる存在として、イスラエルの長老たちがサムエルに要求して立てもらったのです。サウルの最期が、武人としての無残な死であったのも、必然かもしれません。
 
 いずれにしても、ダビデとサウルの対立、追う者と追われる者の関係はここで終止符を打ったのです。

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 彼はこう言った。
 主、わが力。私は、あなたを慕います。(詩編18篇1節)
 主はわが巌、わがとりで、わが救い主、
 身を避けるわが岩、わが神。
 わが盾、わが救いの角、わがやぐら。(2節)
 ほめたたえられる方、この主を呼び求めると、
 私は、敵から救われる。(3節)

 サウルの死の知らせを受け取ったダビデは、手を打って喜んだのではありません。サウルは敵の攻撃に重傷を負い、家来に最後のとどめを刺してくれるよう頼みました。家来が恐れて拒むと、自ら剣の上にかぶさり自害をしたのです。
 しかし、兵士の一人がこのことを知らせるためにダビデのもとにやって来たとき、彼は嘘をつきました。彼自身が王に頼まれて、サウルにとどめを刺したように言ったのです。
 ダビデは、たとえ、主人の要求でも主人に手を下したということで、この兵士を殺しました。(Uサムエル記1章1節〜16節) さらに、サウルとヨナタンのために、哀歌を作りました。

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 とはいえ、ダビデがサウルの死の知らせを聞いて、胸をなでおろしたのは事実だったでしょう。

 死の綱は私を取り巻き、
 滅びの川は、私を恐れさせた。(4節)
 よみの綱は私を取り囲み、
 死のわなは私に立ち向かった。(5節)
 私は苦しみの中に主を呼び求め、
 助けを求めてわが神に叫んだ。
 主はその宮で私の声を聞かれ、
 御前に助けを求めた私の叫びは、御耳に届いた。(6節)

 死の綱、滅びの川、よみの綱、死のわななどのレトリックは、逃亡生活中のダビデの恐れを伝えて余りある表現です。
 ダビデは、何度、「主を呼び求め」「神に叫んだ」ことでしょう。
 サウルの追跡から開放された時、ダビデは、「助けを求めた私の叫びは神に届いた」と実感したはずです。
 神が生きておられるということを、何度も何度も体験した後でも、ダビデは改めて生きておられる神を、体験したはずです。

 それが、次のような表現となって歌われていると、さとうは思います。

 すると、地はゆるぎ、動いた。
 また、山々の基も震え、揺れた。
 主がお怒りになったのだ。(7節)
 煙は鼻から立ち上り、
 その口から出る火はむさぼり食い、
 炭火は主から燃え上がった。(8節) 

 主は、天を押し曲げて降りて来られた。
 暗やみをその足の下にして。(9節)

 主は、ケルブに乗って飛び、
 風の翼に乗って飛びかけられた。(10節)
 主はやみを隠れ家として、回りに置かれた。
 その仮庵は雨雲の暗やみ、濃い雲。(11節)
 御前の輝きから、密雲を突き抜けて来たもの。
 それは雹と火の炭。(12節)
 主は天に雷鳴を響かせ、
 いと高き方は御声を発せられた。
 雹、そして、火の炭。(13節)
 主は、矢を放って彼らを散らし、
 すさまじいいなずまで彼らをかき乱された。(14節)
 こうして、水の底が現われ、
 地の基があらわにされた。
 主よ。あなたのとがめ、あなたの鼻の荒いいぶきで。(15節)








posted by さとうまさこ at 10:02| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする