2015年09月06日

Coffee Break詩編・147 主は、人の思い計ることがいかにむなしいかを、知っておられる。(詩編94編11節〜17節)



 聖書の最初の殺人事件は、言わずと知れた「カインとアベルの物語」です。アベルは、カインに殺されるのですが、それはまったく不当な理由でした。神様が自分のささげ物には目を止められず、アベルのささげ物に目を止められたと思ったカインは嫉妬に狂って弟を殺してしまいます。
 殺人事件を起こした後、カインは、ハッと気が付き、自分のしたことが恐ろしくなって神様に許しを乞うのです。神様はカインをお許しになり、カインが殺されないようにカインの額にしるしをつけ、またノデの地に送り出されます。
 これは、もしアベルに妻子がいたら悔しがるような処理ではないでしょうか。
 しかし、神様は、カインを死刑にはなさらなかったのです。これは神の御心を考えるうえで、意味があるように思えます。

 ★★★★★

 主は、人の思い計ることがいかにむなしいかを、
 知っておられる。(詩編94篇11節)
 主よ。

 「復讐の神、主よ。」と歌っていた詩人は、とつぜん方向転換をしています。

 なんと幸いなことでしょう。
 あなたに、戒められ、
 あなたのみおしえを教えられる、その人は。(12節)

 復習に関しても、神さまにゆだねようと思うのです。
 復讐は神のものという言葉を守ることが、神の御命令であると気が付いたのでしょうか。
 
 わざわいの日に、あなたがその人に
 平安を賜わるからです。
 その間に、悪者のためには穴が掘られます。(13節)

 私たちにとって大切なのは、神にある平安だというのです。
 悪者は必ず、穴に落ち込むに違いないからです。

 まことに、主は、ご自分の民を見放さず、
 ご自分のものである民を、お見捨てになりません。(14節)
 さばきは再び義に戻り、
 心の直ぐな人はみな、これに従うでしょう。(15節)

 だれが、私のために、悪を行なう者に向かって
 立ち上がるのでしょうか。
 だれが、私のために、不法を行なう者に向かって
 堅く立つのでしょうか。(16節)
 もしも主が私の助けでなかったなら、
 私のたましいはただちに
 沈黙のうちに住んだことでしょう。(17節)

 この詩人は、復讐をあきらめたわけではなさそうです。新約の戒めのように、「敵を許す」気持があるのではなさそうです。でも、自分で復讐する必要はないと気が付いたのです。
 主は、不法を行う者に向かって毅然と立ち向かって下さるに違いないから、と彼は思い直すのです。






posted by さとうまさこ at 09:10| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする