2015年09月11日

Coffee Break詩編・151 まことに主は大いなる方、大いに賛美されるべき方。(詩編96編1節〜13節)



 新しい歌を主に歌え。
 全地よ。主に歌え。(詩編96篇1節)
 主に歌え。
 御名をほめたたえよ。
 日から日へと、御救いの良い知らせを告げよ。(2節)
 主の栄光を国々の中で語り告げよ。
 その奇しいわざを、すべての国々の民の中で。(3節)
 まことに主は大いなる方、
 大いに賛美されるべき方。
 すべての神々にまさって恐れられる方だ。(4節)
 まことに、国々の民の神々はみな、むなしい。
 しかし主は天をお造りになった。(5節)
 尊厳と威光は御前にあり、
 力と光栄は主の聖所にある。(6節)

 詩編96篇は、とても大きなビジョンを見上げている歌です。
 イスラエルの民が、第二神殿の前で賛美をささげているのです。捕囚から70年ぶりに、エルサレムに戻ってきた民です。彼らが、主の素晴らしさを思い起こし、ほめたたえるのは当然です。そのうえ、「御救いの良い知らせを告げよ」と歌います。
 この言葉に、ちょっと、「えっ」と思われませんか。
 「御救い」も、「よい知らせ」も、新約の民である私たちが使う言葉です。だから、この詩は、心に素直に入って来るし、このフレーズを使った賛美を歌う時、素直に心が高揚します。

 たとえば「威光 尊厳 栄誉」(新聖歌166番)と名づけられた次の賛美です。

  世界中どこででも
  新しい歌をささげよ
  主に歌え ほめたたえよ
  御救いの知らせを告げよ
  まことに主は大いなる方
  賛美されるべき方
  威光と尊厳と栄誉 光栄と力
  ただ主だけを礼拝せよ
  天をつくり 支えている主

★★★★★ 

 国々の民の諸族よ。主にささげよ。
 栄光と力を主にささげよ。(7節)
 御名の栄光を主にささげよ。
 ささげ物を携えて、主の大庭にはいれ。(8節)
 聖なる飾り物を着けて、主にひれ伏せ。
 全地よ。主の御前に、おののけ。(9節)
 国々の中で言え。
 「主は王である。
 まことに、世界は堅く建てられ、揺らぐことはない。
 主は公正をもって国々の民をさばく。」(10節)

 この讃美が、第二神殿の前で捧げられたことに、感動します。
 自分たちが、やっと捕囚から解かれて帰国し、神殿を再建できた。けれども、その時点でイスラエルは独立を果たしたわけではないのです。今で言う「政治的解放」はなかったのです。まわりには、神殿再建やイスラエル人の帰国を喜ばない異邦の民がたくさんいて、いつまた、エルサレムの城門を壊してやろうかと虎視眈々としていたはずです。
 そんな中で、イスラエルの民は、主を賛美するだけでなく、もっと大きな使命――宣教や、期待――救いをしっかりと心に留めて、それこそが、神の民として最高のささげ物であることを、見つめていたのです。
 これは、日々、神のお約束――救いに期待しながらも,なかなか宣教に踏み出せない私のような者には、心打たれる事実です。

★★★★★

 天は喜び、地は、こおどりし、
 海とそれに満ちているものは鳴りとどろけ。(11節)
 野とその中にあるものはみな、喜び勇め。
 そのとき、森の木々もみな、
 主の御前で、喜び歌おう。(12節)
 確かに、主は来られる。
 確かに、地をさばくために来られる。
 主は、義をもって世界をさばき、
 その真実をもって国々の民をさばかれる。(13節)

 さらに、ここには主の再臨や裁きも、見据えています。
 この詩自体が、明確な「救い主預言」になっていないでしょうか。いったい誰が、どのようなまぼろしに動かされて、このような衝撃的な歌詞を書いたのかしらと、興味を覚えるのです。





posted by さとうまさこ at 09:30| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする