2015年09月12日

Coffee Break詩編・152 主のいなずまは世界を照らし、地は見て、おののく。(詩編97編1節〜12節)



 主は、王だ。
 地は、こおどりし、多くの島々は喜べ。(詩編97篇1節)
 雲と暗やみが主を取り囲み、
 義とさばきが御座の基である。(2節)
 火は御前に先立って行き
 主を取り囲む敵を焼き尽くす。(3節)

 神様に不満を持っている人の不満、無神論者の論旨は、@、神様が愛を示すべきところに愛が示されていない。A、神様が多くの不正や矛盾を放任している。ということです。

 さまざまは不平等や災害、病気にたいして、心の奥深くで神様を恨んでいる人は、案外多いのではないでしょうか。神様が愛の方だったら、こんな不公平や痛みに泣く人をなんとかして下さるはずだ。また、言います。「あんな悪い人間をどうして放置しておくのだ」
 神様がおられるなら、多くの人を殺すテロリストや粛清を行なう独裁者、突撃を命じる将軍の腕を、まずへし折ってほしい。きれいごとを言いながら人をロボット扱いするブラック企業をつぶしてほしい。

 聖書では、救い主として来られる方は、愛の神であって裁き主だと、示されています。終末の出来事で私たちを震え上がらせるのは、やはり、「神のさばき」ではないでしょうか。
 それは、じつに壮絶で、容赦のない光景です。その一つをノアの洪水に、見ることができます。もう一つは、黙示録に書かれています。(黙示録20章11節〜15節)

★★★★★

 主のいなずまは世界を照らし、
 地は見て、おののく。(4節)
 山々は主の御前に、ろうのように溶けた。
 全地の主の御前に。(5節)
 天は主の義を告げ、
 すべての国々の民は主の栄光を見る。(6節)
 偶像に仕える者、
 むなしいものを誇りとする者は、みな恥を見よう。
 すべての神々よ。主にひれ伏せ。(7節)

 (ノアの)洪水のさばきも、十分恐ろしいですが、根本から天地が作り変えられるとは、まさに想像を絶しています。しかもそれは、災害として起ることではないようです。毛虫が脱皮を重ねてミノムシになり、やがてそのからを破って出て来たときには美しい蝶になるように、この世界が作り変えられるとき、私たちは、神の栄光を見るのです。
 ただし、まことの神を信じていた者だけでしょう。つまり、王の王、天地の造り主、救い主を送って来られた聖書の神様です。

 「偶像や空しい者を誇りとする者は、みな恥を見よう。」
 ちょっと恥ずかしいくらいですまない恥だというのが怖いですね。

★★★★★

 シオンは聞いて、喜び、
 ユダの娘たちも、こおどりしました。
 主よ。あなたのさばきのために。(8節)
 まことに主よ。
 あなたは全地の上に、すぐれて高い方。
 すべての神々をはるかに抜いて、高きにおられます。(9節)

 主は、かならず裁いてくださるというのは、キリスト・イエスへの信頼のひとつです。
 ですから、そのときは、イスラエルの民たちも喜んで小躍りすることになるのでしょう。

 主を愛する者たちよ。悪を憎め。
 主は聖徒たちのいのちを守り、
 悪者どもの手から、彼らを救い出される。(10節)

 不正の中で、楽しく生きている人を見ると、義であることはばかげて見えることもあると思います。だからこそ、私たち主を信じる者は、この世の流れに焦って、悪の一部に加担しないようにしなければならないと、戒めているのではないでしょうか。
 神さまの光の下では、隠しおおせるものはないのです。どんな小さなシミも明るみに出てしまいます。
 その時こそ、心の直ぐな人は、喜べるのです。
 見えない善や、悪意の前に「損」をこうむったことも、全部明るみに出されるのです。

 光は、正しい者のために、種のように蒔かれている。
 喜びは、心の直ぐな人のために。(11節)
 正しい者たち。主にあって喜べ。
 その聖なる御名に感謝せよ。(12節)

 ほんとうに感謝しかありませんね。


posted by さとうまさこ at 10:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする