2015年09月22日

Coffee Break詩編・162 主をほめたたえよ。すべて造られたものたちよ。(詩編103編11節〜22節)



 出エジプトの時、イスラエルの民は主の大きな奇跡を見ながら、何度も主に背きました。同じように、せっかく立てていただいた王国で、イスラエルもユダも、神への裏切り行為を重ねました。
 王国時代を通じて、国が崩壊したのちも、イスラエルの良識ある人々の心には、自分たちの叛きの罪がいつも胸を噛んでいて、御前に悔改めたに違いありません。
 すると、気が付くのです。神様があわれんでくださっていることを。

 天が地上はるかに高いように、
 御恵みは、主を恐れる者の上に大きい。(11節)
 東が西から遠く離れているように、
 私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される。(12節)
 父がその子をあわれむように、
 主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。(13節)
 主は、私たちの成り立ちを知り、
 私たちがちりにすぎないことを
 心に留めておられる。(14節)

 あわれみをかけて下さる時、神様は恵みも下さるのです。
 パウロが言っています。

 律法が入ってきたのは、違反が増し加わるためです。
 しかし、罪の増し加わる所には、めぐみも満ちあふれ ました。(新約聖書・ローマ人への手紙5章20節)

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 人の日は、草のよう。
 野の花のように咲く。(詩編103篇15節)
 風がそこを過ぎると、それは、もはやない。
 その場所すら、それを、知らない。(16節)

 神様が、私たちのはかなさと弱さをご存知であること、私たちがその罪を知って悔改めるかぎり、主のあわれみとめぐみが、とこしえまで続くと詩人は歌います。

 しかし、主の恵みは、とこしえから、とこしえまで、
 主を恐れる者の上にある。
 主の義はその子らの子に及び、(17節)
 主の契約を守る者、
 その戒めを心に留めて、行なう者に及ぶ。(18節)

 十戒を結ぶ時点で、すでに主は、約束して下さっています。

 あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、私を憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、
 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、めぐみを千代にまで施すからである。(出エジプト記20章5節6節)

 大切なのは、6節です。めぐみを千代まで施してくださるとのお約束です。

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 地上の王国を失っても、もともとイスラエルは天の王国の「王である神」の「選びの民」でした。
 それを思い起こすとき、捕囚生活の中であっても、苦しい神殿再建の最中であっても、イスラエルの民は、神を褒めたたえる喜びに震えたのではないでしょうか。

 主は天にその王座を堅く立て、
 その王国はすべてを統べ治める。(詩編103篇19節)
 主をほめたたえよ。御使いたちよ。
 みことばの声に聞き従い、
 みことばを行なう力ある勇士たちよ。(20節)

 同様に、イエス様の血で贖われた新約の民である私たちも、神の王国を見あげて賛美できるのです。

 主をほめたたえよ。
 主のすべての軍勢よ。
 みこころを行ない、主に仕える者たちよ。(21節)
 主をほめたたえよ。
 すべて造られたものたちよ。
 主の治められるすべての所で。
 わがたましいよ。主をほめたたえよ。(22節)







posted by さとうまさこ at 10:06| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする