2015年09月25日

Coffee Break詩編・165 主が行なわれた奇しいみわざを思い起こせ。その奇蹟と御口のさばきとを。(詩編105編1節〜15節)


 礼拝の時は、まず、主をほめたたえること。感謝することをの二点を最初に教えて下さったのがだれなのか、私自身もう忘れています。
 まだ、イエスさまを信じていなかったときにも何度か教会へ行って礼拝に参加していましたから、その時に、形として覚えたのかもしれません。
 けれども、今では、神様の御前で、賛美と感謝がしぜんに最初に口を突いて出ます。意識してすることか、無意識で口に上ることかを考えることさえありません。
 詩編は、これら祈りの形は、もう古代から続いている「神の民」のスタイルなのだと気づかせてくれるのです。

 主に感謝して、御名を呼び求めよ。
 そのみわざを国々の民の中に知らせよ。(詩編105篇1節)
 主に歌え。主にほめ歌を歌え。
 そのすべての奇しいみわざに思いを潜めよ。(2節)
 主の聖なる名を誇りとせよ。
 主を慕い求める者の心を喜ばせよ。(3節)
 主とその御力を尋ね求めよ。
 絶えず御顔を慕い求めよ。(4節)

 ほめたたえる理由は、主が尋常ならざる方だからです。天地を創造された方。どのような奇蹟でも、おできになる方だからです。また、主は、「聖なる方」です。どんな悪をも楽しむような「魔法使い」ではなく、絶対的に義(ただ)しい方なのです。
 あまりにも、有限な私たちは、これほどの御力をお持ちになる神に造られたと思うだけで胸に感謝が迫ってきます。私たちの声や叫びを聞いてくださるそのような方を、尋ね求め、慕い求めないではいられません。その御顔も御力も、思い起こすまでもなく、私たちの心を喜びで満たすのです。

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 主が行なわれた奇しいみわざを思い起こせ。
 その奇蹟と御口のさばきとを。(5節)
 主のしもべアブラハムのすえよ。
 主に選ばれた者、ヤコブの子らよ。(6節)
 この方こそ、われらの神、主。
 そのさばきは全地にわたる。(7節)

 主の、尋常ならざる御力と絶対的な主権は、最初、アブラハムとその子孫に知らされました。ヤコブ(イスラエル)の子らが、神の選びの民とされることは、全人類が「聖書の神」を知る源でした。

 主は、ご自分の契約をとこしえに覚えておられる。
 お命じになったみことばは千代にも及ぶ。(8節)
 その契約はアブラハムと結んだもの、
 イサクへの誓い。(9節)
 主はヤコブのためにそれをおきてとして立て、
 イスラエルに対する永遠の契約とされた。(10節)
 そのとき主は仰せられた。
 「わたしはあなたがたの相続地として
 あなたに、カナンの地を与える。」(11節)

 主がアブラハムに約束されたのは、アブラハムの子孫が地のちりのように増えること。
カナン(相続地)をお与えになること。彼らの子孫から全人類が祝福に入ることの、三点でした。
 神様の壮大な「救いのご計画」のために、神様は、実際、イスラエルに特別なご配慮をなさったのだなあと、聖書読者は思いを新たにするです。

 そのころ彼らの数は少なかった。
 まことにわずかで、そのうえそこでは、
 寄留の他国人であった。(12節)
 彼らは、国から国へ、
 一つの王国から他の民へと渡り歩いた。(13節)
 しかし主は、だれにも彼らをしいたげさせず、
 かえって、彼らのために王たちを責められた。(14節)
 「わたしの油そそがれた者たちに触れるな。
 わたしの預言者たちに危害を加えるな。」(15節)








posted by さとうまさこ at 11:19| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする