2015年10月04日

Coffee Break詩編・174 どうか、悪者を彼に遣わしてください。(詩編109篇1節〜7節)



 指揮者のために。ダビデの賛歌

 私の賛美する神よ。
 黙っていないでください。(詩編109篇1節)

 この詩編は、少々重い後味を残すのです。ダビデの賛歌とタイトルがついていますが、内容は、「神に敵への報復を訴える歌」だからです。
 たしかに、私(たち)は、他人に腹を立てていることが多いのです。「クリスチャンだからもう大丈夫、人を赦し、何事も笑顔でやり過ごせます」とはいきません。人との摩擦があると、自分が摩擦を起こす片方の当事者であるとしても、怒りがわいてくることがあります。
 ただ、新約の民は、イエス様の直接の教えを「知っています」から、「敵を許さなければならないと、思っています。ですから、これほどはっきりと、敵への報復を神に願っている歌に同調するのが苦しいのです。

 けれども、小市民の現代人とは違って、ダビデは、神から(預言者サムエルから)王として立てられた政治家でした。ペリシテの勇士ゴリヤテを倒してからはイスラエルの英雄、ホープとして絶大な人気があったのです。すぐに、サウルの宮廷に抱えられたことは、幸運であると同時に大変な争いに入って行くことでした。
政争や戦争の中では、敵は敵であるのが当然のように振る舞います。

 以下の祈りが必要なほどの苦難のなかにあったと推測できるのです。
 
 彼らは邪悪な口と、欺きの口を、私に向けて開き、
 偽りの舌をもって、私に語ったからです。(2節)
 彼らはまた、憎しみのことばで私を取り囲み、
 ゆえもなく私と戦いました。(3節)
 彼らは、私の愛への報いとして私をなじります。
 私は祈るばかりです。(4節)
 彼らは、善にかえて悪を、
 私の愛にかえて憎しみを、私に報いました。(5節)

★★★★★

 それにしても、この詩編のダビデの祈りは、ナイーブすぎるほど露骨です。
 はっきりと、敵に「不幸」がありますようにと願っているのです。

 どうか、悪者を彼に遣わしてください。
 なじる者が彼の右に立つようにしてください。(6節)

 「悪者」とは悪魔です。、悪魔は「告発する者」ですから、彼はさばきの場で告発されるようにと神に願っているのです。もちろん、「告発する者」は彼に有罪をもたらすのです。

 彼がさばかれるとき、彼は罪ある者とされ、
 その祈りが罪となりますように。(7節)







posted by さとうまさこ at 08:58| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする