2015年10月08日

Coffee Break詩編・178 主は道のほとりの流れから水を飲まれよう。(詩編110篇2節〜7節)



 詩編110篇がメシヤ預言であったとして、ダビデにはっきりとその自覚がなかったとしたら、ダビデが、「わたしの主」と呼んでいるのはだれでしょうか。これに対し新実用聖書注解は、「主なる神が私の子、神によって新しく王とされたソロモンについて、私に告げられた約束という意味であろう」と解説しています。

 主は、あなたの力強い杖をシオンから伸ばされる。
 「あなたの敵の真中で治めよ。」(詩編110篇2節)
 あなたの民は、あなたの戦いの日に、
 聖なる飾り物を着けて、夜明け前から喜んで仕える。
 あなたの若者は、あなたにとっては、朝露のようだ。(3節)

 とうぜん、ここで「あなた」と呼びかけられているのも、ソロモンということになります。上の「右の座」は権威と名誉の場所であり、それを保証して下さるのは天の神・主なのですから、民も喜んで地上の王に仕えるのです。

 主は誓い、そしてみこころを変えない。
 「あなたは、メルキゼデクの例にならい、
 とこしえに祭司である。」(4節)
 あなたの右にいます主は
 御怒りの日に、王たちを打ち砕かれる。(5節)

 メルキセデクは、創世記14章18節に登場する、ある意味「ナゾ」の祭司です。アブラハムがソドムの王とゴモラの王と戦って凱旋したとき、彼を祝福するのです。シャルムはエルサレムのことであり、メルセデクは、詩編110篇ではメシヤの予表として用いられているとの見解が、新実用聖書注解に出ている。(同P141)
 解説書の引き写しばかりで申し訳ないのですが、詩編は聖書のメッセージの中で、そのメッセージの一部として掲載されているのですから、現代の自由詩を読むようにはいかないようです。

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 主は国々の間をさばき、
 それらをしかばねで満たし、
 広い国を治めるかしらを打ち砕かれる。(6節)
 主は道のほとりの流れから水を飲まれよう。
 それゆえ、その頭を高く上げられる。(7節)

 6節7節は、ソロモンの事績について讃美していると思われますが、同時にそれが、救い主キリストの預言になっているようです。

 キリスト教が、ユダヤ教から独立して、キリストがユニバーサルな神として全世界を治められたのは、歴史的事実として実現しています。もとより、父なる神は、地の基が定まる前から、全世界全宇宙に君臨しておられたのです。







posted by さとうまさこ at 09:24| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする