2015年10月23日

Coffee Break詩篇・192 幸いなことよ。全き道を行く人々、(詩篇119篇1節〜8節)



 詩篇119篇です。これは全詩篇中、一番長い詩篇です。きわめて様式的にも整っているとのことです。というのも、ヘブル語のアルファベッドに則って、8節ずつが書かれていて、全部で22ある頭文字のとおり、176節で完結しているからです。
 日本にも、「いろはがるた」がありますが、たしかに最初の一文字を示されれば暗記は容易かもしれません。
 ただし、私のように、英語のアルファベット以外は、わからない人には、やはり、ひるむほどの量です。
 その場合、8節ずつのまとまりとして、テーマを捜していくのが良いのかなと思います。

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 幸いなことよ。
 全き道を行く人々、
 主のみおしえによって歩む人々。(詩篇119篇1節)
 幸いなことよ。
 主のさとしを守り、
 心を尽くして主を尋ね求める人々。(2節)

 最初の節は、アレフと呼ばれるアルファベッドの属すると説明されています。(新実用聖書注解・いのちのことば社) けれどもヘブル語の素養がない私は、日本語訳のどの言葉を指しているのかさえわからないのを、はじめにお断りしておきます。

 「幸いなことよ」で始まる、このパラグラフは、信仰者としての折り目正しいあり方を、信仰者自身が心に刻もうとしているのが見て取れます。
 この詩自体は、ユダヤ人が共有する詩だったでしょうが、一人びとりがその言葉を心に
迎えてたましいの奥へ深化させていくことができる、神の光が感じ取れます。

 私たちは、だれしも強烈な「肉」を抱えて生きています。食欲や健康に関係のあることなど、たんに肉体の保存に関わることだけでなく、一見、心の領域に見える問題でも、結局は「肉であるおのれ」を守ろうとする働きであることは多いのです。
 そうして、目に見える肉体の不備や病気より、この心の歪みともいうべき病気の方がさらに深刻なのではないでしょうか。

 なぜなら、神は霊ですから、霊の言葉で私たちに働きかけ、その働きで私たちを覆い、作り変えて下さろうしているのです。しかし、私たちを神から遠ざけたいサテンは、ここに頑健なとりでを築いて、神の霊がはたらき邪魔をしようとしているのでしょう。

 単に、神を信じない人たちや反キリストの人たちではなく、すでに、キリストに従おうと決心している者(私自身を含めて)たちでさえ、しばしば心にサタンのとりでが築かれていることに、気づかないでしょうか。
ここには、サタンの砦を砕く方法が書かれています。ただ、まっすぐ、「主のさとしを守り、心を尽くして主を尋ね求める」こと。

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「心を尽くして主を尋ね求めること」は、さらに具体的な態度として示されています。

 まことに、彼らは不正を行なわず、
 主の道を歩む。(3節)
 あなたは堅く守るべき戒めを仰せつけられた。(4節)
 どうか、私の道を堅くしてください。
 あなたのおきてを守るように。(5節)
 そうすれば、私はあなたのすべての仰せを見ても
 恥じることがないでしょう。(6節)

 主の掟を守ることは、「ヤワな心」では到達できないことのようです。主が、守るべき教えを堅く示されたのだから、私たちもそれを堅く守る決意がなければならないと、詩人は語っています。さらにそれは、直ぐな心で感謝を持って行わなければいけないと、さとされています。

 あなたの義のさばきを学ぶとき、
 私は直ぐな心であなたに感謝します。(7節)
 私は、あなたのおきてを守ります。
 どうか私を、見捨てないでください。(8節)

 それでも、心を覆うサタンの砦が神のことばを妨げるのを、だれしも感じるのではないでしょうか。ですから、詩人は、「私を見捨てないでください」と懇願しているのです。






posted by さとうまさこ at 10:56| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする