2015年10月24日

Coffee Break詩篇・193 私は、あなたのさとしの道を、どんな宝よりも、楽しんでいます。(詩篇119篇9節〜16節)

 

 詩編9節〜16節(アルファベット。ベース)。この部分は御言葉に従う人生のあり方が示されている (新実用聖書注解・いのちのことば社)

 どのようにして若い人は自分の道を
 きよく保てるでしょうか。
 あなたのことばに従ってそれを守ることです。(詩篇119篇9節)
 私は心を尽くしてあなたを尋ね求めています。
 どうか私が、あなたの仰せから
 迷い出ないようにしてください。(10節)

 「どのようにしたら、自分の道をきよく保てるか。」
 これは若い人だけでなく、年を重ねても、信仰者なら自分に問い続けていることばですね。むしろ、日を重ねるごとに、自分の道がきよく保てないことを知って行くのですから、生涯の課題ですね。
 詩編の作者は、それを単純明快に答えています。
 神様のことばに従って、それを守れ。
 心を尽くして、神様を尋ね求めよ。

 あなたに罪を犯さないため、
 私は、あなたのことばを心にたくわえました。(11節)

 「心を尽くして、神を尋ね求める」とは、天に向かって「神様、神様」と叫び続けるような行動を意味しているのではなく、神様のことばを聞いて(読んで)、それを心に刻みつけ、心を耕していくことなのでしょう。
 詩篇の作者が思い浮かべているのは、モーセ五書(律法の書)にある様々なおきてや戒めのことかと思います。また、モーセ五書から歴史書に至る文脈(神の救いのご計画)を理解し、神の大きさ、豊かさ、愛、恵みなどを褒めたたえ、感謝することではないでしょうか。とくに、当時のスラエルの人々は、自分たちは神様から特別に選ばれた民族だという誇りを持って――それゆえ、感謝や喜びも大きく――、御言葉を味わったのではないでしょうか。

★★★★★

 主よ。あなたは、ほむべき方。
 あなたのおきてを私に教えてください。(12節)
 私は、このくちびるで、あなたの御口の決めたことを
 ことごとく語り告げます。(13節)

 さいわい、詩篇の内容は、そのまま今日の神の民・キリスト者のものでもあります。
 私たちは、私たちの罪を贖って、神との断絶を回復してくださったイエスの愛に浸りながらも、それを、ほかの人たちに語りつげようと心を新たにするのです。

 私は、あなたのさとしの道を、
 どんな宝よりも、楽しんでいます。(14節)

 神のさとしの道は、厳しく不自由なものでしょうか。
 「そうではない!」と、キリスト者は断言できますね。
 それは「すばらしい宝」で、だからこそ、今日、私たちは、次のように歌う詩人と肩を組んで賛美ができる、さとうは、そう思うのです。

 私は、あなたの戒めに思いを潜め、
 あなたの道に私の目を留めます。(15節)
 私は、あなたのおきてを喜びとし、
 あなたのことばを忘れません。(16節)








posted by さとうまさこ at 10:31| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする