2015年11月09日

Coffee Break詩篇209 みことばの戸が開くと、光が差し込み、わきまえのない者に悟りを与えます。(詩篇119篇129節〜136節)



 あなたのさとしは奇しく、
 それゆえ、私のたましいはそれを守ります。(詩篇119篇129節)
 みことばの戸が開くと、光が差し込み、
 わきまえのない者に悟りを与えます。(130節)
 私は口を大きくあけて、あえぎました。
 あなたの仰せを愛したからです。(131節)

 ほんとうにすばらしいフレーズです。祈るとき、この詩篇を口に出して、瞑想しなさいと自分に言い聞かせてしまいます。だのに、ちょっと震えているのです。
「私のたましいはそれを守ります」と言い切れない自分がいるからです。

 国を失い、捕囚に連れ去られて労苦しているイスラエルの民と、自分では苦しみの深さが違うのでしょう。是が非でも、主のさとしをいただきたいという、切望感に達するためには、一日中でもみことばの戸の前で、待ち続けなければならないのでしょう。やがて、戸が開き光が差し込むと、私のようなわきまえのないものにも悟りが与えられるのです。この「悟り」は、新共同訳では「理解」と訳されています。英語(TEV訳)では、wisdom(知恵)です。どうか、私にも知恵が与えられますように、と心から願う箇所です。

 御名を愛する者たちのために
 あなたが決めておられるように、私に御顔を向け、
 私をあわれんでください。(132節)
 あなたのみことばによって、私の歩みを確かにし、
 どんな罪にも私を支配させないでください。(133節)

  さいわい、私は断言できます。私は「御名を愛する者です」。ですから、「私をあわれんで下さい」。

★★★★★

 私を人のしいたげから贖い出し、
 私があなたの戒めを守れるようにしてください。(134節)
 御顔をあなたのしもべの上に照り輝かし、
 あなたのおきてを教えてください。(135節)
 私の目から涙が川のように流れます。
 彼らがあなたのみおしえを守らないからです。(136節)

 ここで歌われている「しいたげ」とは、どのようなものなのでしょうか。同じく、新共同訳では、136節の「みおしえ」は、「律法」と訳されています。ですから、ここでの抑圧者は同信のイスラエル人です。同じ信仰をもつ人間の中で、神から離れていく人がいるのは、政治的領土と国家を失い、神の支配だけが拠り所となっている、イスラエルの民にとって、たしかに涙が川のように流れることだったのでしょう。

 神のことばは、「みことばの戸が開くと、光が差し込み、わきまえのない者に悟りを与えます。」と言われるほどのちからがあるのに、その教えに顔を背ける人に詩人は「涙しかない」状態なのです。






posted by さとうまさこ at 10:59| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする