2015年11月24日

Coffee Break詩篇・223 シオンを憎む者はみな、恥を受けて、退け。(詩篇129篇1節〜8節)



 都上りの歌

 「彼らは私の若いころからひどく私を苦しめた。」
 さあ、イスラエルは言え。(詩篇129篇1節)
 「彼らは私の若いころからひどく私を苦しめた。
 彼らは私に勝てなかった。(2節)
 耕す者は私の背に鋤をあて、長いあぜを作った。」(3節)
 主は、正しくあり、
 悪者の綱を断ち切られた。(4節)

 この詩は帰還イスラエル人たちの叫びだと納得できるのではないでしょうか。エルサレムに戻ってくる道すがら、彼らは、自分たちの過去の苦労――自分一代だけでなく、イスラエルの歴史に思いを馳せたでしょう。エジプトにいたときから、「選びの民」には奴隷労働と労苦がありました。
 カナンに入ってからも、苦しみはついてまわりました。もともと、カナンの異教徒を絶滅することができずに、カナンに入植しました。カナンの周辺には強い異邦人が取り巻いていて、時代を経るごとに新しい民族がイスラエルを攻めました。地中海からやってきたペリシテ人、北からやって来たアッシリヤに、ダビデも南北に分かれたイスラエルも手こずるのです。やがて、アッシリヤを滅ぼしたバビロンが勃興し、さらにペルシャ帝国が彼らを支配します。
 
 聖書を読んでいると、「神の選びの民」イスラエルは、その役割と責任の割にとても小さな弱い勢力だったことがわかるのです。

 「私の背に鋤を当てる」というのはどういう状態なのでしょう。註解書の説明をそのまま引用させていただきます。
 
 3節はシオンが畑にたとえられているのか、イスラエルの民が畑にたとえられているのか明確ではないが、たぶんイスラエルの民のことであろう。地が耕されるようにイスラエルの民は奴隷として背中にむちを受けて傷つけられた。(イザヤ51,23)(新実用聖書注解・いのちのことば社)

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 シオンを憎む者はみな、
 恥を受けて、退け。(5節)
 彼らは
 伸びないうちに枯れる屋根の草のようになれ。(6節)

 シオンを憎む者とは、捕囚帰還民が神殿を再建したり修復したりするのを妨害する者のことです。驚いたことに、イスラエル人の中にも、エズラやネヘミヤに敵対する者もいたのです。捕囚に連れ去られることもなく、現地人やペルシャ人と婚姻した人たちは、敵よりやっかいです。
 彼らの真意や謀略を見極めて、彼らの妨害を防がなければなりません。あるいは、その人たちから「痛い目」を見せられることもあるでしょう。
 そのとき、次のような叫びを上げるのではないでしょうか。

 刈り取る者は、そんなものを、つかみはしない。
 たばねる者も、かかえはしない。(7節)
 通りがかりの人も、
 「主の祝福があなたがたにあるように。
 主の名によってあなたがたを祝福します。」
 とは言わない。(8節)





 

posted by さとうまさこ at 10:11| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする