2015年11月27日

Coffee Break詩篇・226 私のたましいは乳離れした子のように御前におります。(詩篇131篇1節〜3節)



 都上りの歌。ダビデによる

 主よ。私の心は誇らず、
 私の目は高ぶりません。
 及びもつかない大きなことや、奇しいことに、
 私は深入りしません。(詩篇131篇1節)

 私の生きているこの時代は、かつての時代よりもエキサイティングな時代だと思います。とくに、私のような平凡な人間にとって、「不思議な刺激と変化」を味わえる時代ではないでしょうか。
 百年前なら、私の生活圏は、せいぜい村の中で、隣村に嫁に行っただけでも話題になったのです。子供の頃、近所の家に大阪から神戸に嫁に来た人がいて、「話題になって」いました。「実家がそんなに遠くては、めったに里帰りもできないではないか。かわいそうに」というわけです。
 さいわい百年遅れで生まれた私は、関東の人と結婚して、遠いはずの関西に何度も「里帰り」し、海外旅行も楽しみ、テレビやインターネットで外国の人たちの情報にも触れ、友達さえもったのです。

 大部分の女性の生涯は、嫁、妻、母親で、それ以外の役割がもてるのは、豊かな階層の人だけでした。あるいは、社会からドロップした階層――遊女などでした。たとえば、北条政子、たとえば、秀吉の正室おね、たとえば、津田梅子のように、政治や社会の指導者になれるのは、情報の先端に触れることができる豊かな、または指導的な階層の人だけだったでしょう。庶民は、戦争や弾圧、場合によって政権交代でさえ、世の中の雲行きを見て「知る」です。自から世の中の情勢を知り、それを動かしたり批判したりするなど、思いもよらないことだったはずです。

 今は、居ながらにして、私のような一介の市民が時をおかず、パリの同時テロを知ることができるのです。高価な食事も、流行の先端の洋服も、ライフスタイルも、学歴(学び)や娯楽も、ほとんどの人の前に、開かれているのです。

★★★★★

 昨夜のテレビ番組、「BS世界のドキュメンタリー」顧客情報を盗んだ男 〜スイス銀行 情報流出の波紋〜は、見ごたえがありました。
  http://www6.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/?pid=151126

 秘密の保持で定評のある、スイスの銀行の個人口座13万件のデータを盗み出し、富豪や企業の脱税をリークした“金融界のスノーデン”、ファルチアーニが巻き起こす大騒動。
 と番組案内にある通り、財産を銀行に隠している富豪たちの情報をリークした男のドラマです。

 確かに、職務上知り得た秘密を盗むのは、悪いことです。しかし、大富豪の途方もない資産隠しの多くは、脱税のためでした。彼らも、彼らに口座を貸して、秘密保持をウリにしている、りっぱな銀行にも、はたして「正義がある」と言えるでしょうか。
 金が湯水のように流れる世界を見て来たファルチアーニが、仕事上知り得た秘密をリークすることに、良心の痛み を感じなかったとしても当然かもしれません。
 彼は自分の盗み出したものを高く売ろうとしてのですが、当然、ことはそう単純に運びませんでした。

 やがて、彼は、不正を横行させる銀行や悪賢い富豪を告発する「正義の人」を演じるようになるのです。
 まことに、下手なミステリーよりはるかに面白い、ドキュメントでした。

 神がこれを見ておられたら(見ておられないわけがないのですから)まさに、義人はいない。ひとりもいない。と悲しまれたことでしょう。

★★★★★

 まことに私は、
 自分のたましいを和らげ、静めました。
 乳離れした子が母親の前にいるように、
 私のたましいは乳離れした子のように
 御前におります。(2節)

 私は、このドラマに登場する人たちがみな、主の前に「乳離れした子のように」ひざまずいて祈っている場面を思い浮かべます。
 とくに、ヨーロッパには、静かな祈りにはうってつけのすばらしい教会がたくさんあるのですから、悔い改めの機会には事欠かないのではないでしょうか。

 イスラエルよ。今よりとこしえまで主を待て。(3節)

 






posted by さとうまさこ at 10:39| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする