2015年11月29日

Coffee Break詩篇・228 わたしは、わたしに油そそがれた者のために、一つのともしびを備えている。(詩篇132篇10節〜18節)



あなたのしもべダビデのために、
あなたに油そそがれた者の顔を、
うしろへ向けないでください。(詩篇132篇10節)
主はダビデに誓われた。
それは、主が取り消すことのない真理である。
「あなたの身から出る子をあなたの位に着かせよう。(11節)
もし、あなたの子らが、わたしの契約と、
わたしの教えるさとしを守るなら、
彼らの子らもまた、とこしえに
あなたの位に着くであろう。」(12節)

 主は、アブラハム以来、イスラエルと何度も契約を結んでおられます。それは、アブラハムの子孫、そのうちでもさらに主が選んでいかれるイスラエル(ヤコブ)への主のお約束です。その頂点がシナイ契約でしたが、さらに、主の救いのご計画の開示となるのが、「ダビデ契約」ではないでしょうか。

 ダビデは、王が自分の家に住み、主が周囲のすべての敵から守って、彼に安息を与えられた時、預言者ナタンに、神の箱を安置する神殿を建てたいと言ったのです。(Uサムエル記7章1節2節)
 それに対する主のお答えが、「ダビデ契約」でした。(同8節〜16節) つぎの節は、その時の主のことばを復誦したものです。(同16節)

「あなたの身から出る子をあなたの位に着かせよう。(11節)
もし、あなたの子らが、わたしの契約と、
わたしの教えるさとしを守るなら、
彼らの子らもまた、とこしえに
あなたの位に着くであろう。」(12節)

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 ダビデ契約こそ、捕囚から帰還したイスラエルの民の希望の灯だったと思われます。なぜなら、バビロンに引いて行かれた捕囚の民は、ユダ王国の民でした。北イスラエルは、南ユダ王国が滅びる140年も前に滅びてしまい、民は異教徒と雑婚し、もはやサマリヤは外国だと認識されていました。
 ダビデ契約のとおり、神はダビデを生んだユダ族を見捨てず、ユダの人々はふたたび、シオンに帰り神の民と生きることができるはずだからです。

主はシオンを選び、
それをご自分の住みかとして望まれた。(13節)
「これはとこしえに、わたしの安息の場所、
ここにわたしは住もう。
わたしがそれを望んだから。(14節)
わたしは豊かにシオンの食物を祝福し、
その貧しい者をパンで満ち足らせよう。(15節)
その祭司らに救いを着せよう。
その聖徒らは大いに喜び歌おう。(16節)
そこにわたしはダビデのために、
一つの角を生えさせよう。
わたしは、わたしに油そそがれた者のために、
一つのともしびを備えている。(17節)

 角とは、権力や支えを意味します。支えて下さるのは神さまです。ですから、神の選びの民は、かならずもう一度ユダ王国を回復すると、帰還の民は思ったのです。

 イエス・キリストが世に来られた時、多くのユダヤ人が、実際の「革命家的王」が現れたと勘違いをしたのは、あながち彼らの信仰心の不足とは言えなかったのではないかと、私は思います。
 
わたしは彼の敵に恥を着せる。
しかし、彼の上には、彼の冠が光り輝くであろう。(18節)






 

posted by さとうまさこ at 08:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする