2015年12月08日

Coffee Break詩篇・237 英雄の叫び――主よ。私をよこしまな人から助け出し、暴虐の者から、私を守ってください。(詩編140編1節〜13節)



 最近、歴史は戦国時代ブームなのか、なにげなくテレビをつけても、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の絡むエピソードをよく見ることになります。高齢化社会でもあり、この三人の英雄は高齢者に人気がある上、戦国末期の力の時代は若者にも楽しい空想をかきたてるからでしょうか。
 三人の武将に共通しているのは、「天下を支配する将」になって行くプロセスの苦労です。また、その前にかなり「艱難の時期」があることです。織田も徳川も譜代の家臣団をもった「武家の家」でしたが、共に、弱肉強食の時代に、いつ大きな大名に呑みこまれても不思議はない、田舎大名でした。跡継ぎの若様として何もしなくても、「家督」が転がり込んでくるなどと言う時代ではありません。
 秀吉に至っては、尾張の百姓の子ども、足軽の子どもと言う説、結局、底辺をたくましく生きるしかない生れでした。
 彼らが、血で血を洗う戦国時代を才気と勇気と何よりも幸運で生き残って、やがて、天下に号令するようになる・・・、これが大衆受けするようです。以前は、さとうもこの種の話しが大好きでした。でも、最近、「ちょっと、待って」と思う時があるのです。

 戦略や知略や調略・知恵と力のかぎりを尽くして勇敢に戦い、勝ち抜いていって、しだいに栄冠に近づく物語は、たしかに楽しいのです。番組編成者もゲスト解説者もほとんど、これらの物語をスポーツのような「勝敗の話」として、技術的戦略的な戦いの軌跡としてしか解説しないのです。そうして最後は、決まって、これらの物語を現代を生きる視聴者が自分の人生に、どのように適応するのかと考えるように導くのです。

 しかし、その時は楽しく観たこのような歴史物語に、どこか欺瞞を感じない人はいないのではないでしょうか。
 ここには、「流された血」「英雄にその上を踏み越えられた多くの無名の死屍累々」が無視されています。また、信頼を平気で裏切り、裏切られるモラルの世界に対する、今日的な視点が欠けています。
 テロで殺された人たちのために涙を流すのが、私たち人間のはずです。小さな子供が生まれつきの心臓病で多額のお金がないとアメリカで移植手術を受けられないと聞けば、お金を寄付する人も大勢います。小さな言葉尻にも傷ついて、「引きこもる」繊細さも認めるのが、人間性です

★★★★★

 ところが、戦国時代の話になると、天下人となれた人間の足跡をたんなるポジティブな「成功物語」に還元してしまうのはなぜでしょう。
 信長、秀吉、家康は、妙に無神経で明るくたくましい武将として扱われています。
 ほんとうにそうなのでしょうか。彼らには、「苦しんだ夜」はなかったのでしょうか。切羽詰まったいのちの危機にあって、「神よ。我を助けたまえ」と祈る瞬間はなかったのでしょうか。
 
 主よ。私をよこしまな人から助け出し、
 暴虐の者から、私を守ってください。(詩篇140篇1節)
 彼らは心の中で悪をたくらみ、
 日ごとに戦いを仕掛けています。(2節)
 蛇のように、その舌を鋭くし、
 そのくちびるの下には、まむしの毒があります。
                 セラ(3節)
 主よ。私を悪者の手から守り、
 暴虐の者から、私を守ってください。
 彼らは私の足を押し倒そうとたくらんでいます。(4節)
 高ぶる者は、私にわなと綱を仕掛け、
 道ばたに網を広げ、私に落とし穴を設けました。
                 セラ(5節)

★★★★★

 ダビデは多くの戦いに勝ち抜いた勇士でした。サウル王に追われて逃げ回る歳月は十年にも上りましたが、苦難をくぐり抜け、その中で、知恵と人を得て、やがてユダを、さらに全イスラエルに号令するようになるのです。

 それは、たんなる成功物語ではなく、そのたびに神に「泣きついて助けていただく」話であることが、詩編を読むとよくわかります。

 私は主に申し上げます。
 「あなたは私の神。
 主よ。私の願いの声を聞いてください。(6節)
 私の主、神、わが救いの力よ。
 あなたは私が武器をとる日に、
 私の頭をおおわれました。(7節)

 主よ。悪者の願いをかなえさせないでください。
 そのたくらみを遂げさせないでください。
 彼らは高ぶっています。     セラ(8節)
 私を取り囲んでいる者の頭。
 これを彼のくちびるの害毒がおおいますように。(9節)
 燃えている炭火が
 彼らの上にふりかかりますように。
 彼らが火の中に、また、深い淵に落とされ、 
 彼らが立ち上がれないようにしてください。(10節)
 そしる者が地上で栄えないように。
 わざわいが暴虐の者を
 急いで捕えるようにしてください。」(11節)
 私は知っています。主は悩む者の訴えを支持し、
 貧しい者に、さばきを行なわれることを。(12節)
 まことに、正しい者はあなたの御名に感謝し、
 直ぐな人はあなたの御前に住むでしょう。(13節)








posted by さとうまさこ at 11:04| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする