2015年12月10日

Coffee Break詩篇・239 どうか、不法を行なう者の落し穴から、私を守ってください。(詩篇141編5節〜10節)



 詩篇141篇5節は、むしろ、6節の最初に来る方が自然だと言う気がします。(節分けは、印刷の便宜上人間がつけたので、「霊感された聖書」にはなかったものですから、あえて・・・)

 彼らが悪行を重ねても、なおも私は祈ります。(詩篇141篇5節)

 正しい人の忠告には耳を傾ける必要がありますが、悪者に影響されてはなにもなりません。悪行を行なう人には警戒を怠らず、その相手のために祈らなければならないと、詩篇の作者は歌っています。
 
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 彼らのさばきづかさらが岩のかたわらに
 投げ落とされたとき、
 彼らは私のいかにも喜ばしいことばを
 聞くことでしょう。(6節)
 人が地を掘り起こして砕くときのように、
 私たちの骨はよみの入口にまき散らされました。(7節)

 旧約聖書の思想の中に確かに、勧善懲悪、善因善果、悪因悪果の願望があるのです。新約の民であっても、同様なことを神に願わないわけではありません。
 しかし、父の御許につないでくださる確かな仲保者・救い主キリストを明確に意識している私たちにとって、悪者が「岩のかたわらに投げ落とされる」のが、必ずしも「今」のことではないのも、「知って」います。悪者が滅びるのは、「終わりの日」かもしれません。

 それは、それでよいのではないでしょうか。
 悪を謀る中に,すでに、悪者は自分がかかることになるワナを掘っているのです。
 私たちはあくまで、神に祈り、神に身を避けるよう促されている。詩篇141篇が示しているのは、祈ることにより、神様のみ翼の陰に入り、悪者の落とし穴から守っていただくよう勧めているのだと思います。

 私の主、神よ。
 まことに、私の目はあなたに向いています。
 私はあなたに身を避けます。
 私を放り出さないでください。(8節)
 どうか、彼らが私に仕掛けたわなから、
 不法を行なう者の落し穴から、
 私を守ってください。(9節)
 私が通り過ぎるそのときに、
 悪者はおのれ自身の網に落ち込みますように。(10節)









posted by さとうまさこ at 09:42| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする