2015年12月25日

Coffee Break箴言2 わが子よ。あなたの父の訓戒に聞き従え。あなたの母の教えを捨ててはならない。(箴言1章7節〜19節)



 主を恐れることは知識の初めである。
 愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。(7節)


 イスラエルのような父系制の社会では、教育は、原則として父の責任でした。父がいない場合は、親族の年長の男性、氏族や部族の長でした。もちろん、彼らすべての父は、「イスラエルの神」「父なる神」でした。
 人はとても知能の高い動物ですから、生まれながらに学習能力があります。食物や衣服を与えられ、人間社会で養われれば、心身の成長につれて言葉を覚え、人間関係を飲みこみ、自分がしなければならない作業や仕事さえ習得します。衣食を得るために何をしなければならないかを覚えるのです。生きるための方便は犬や猫でも覚えるのですから、「食物を取り方」を覚えただけでは、人間とは言えません。繁殖行動や防衛行動も同じです。

 人間が人間であるためには、本能的な行動でさえ、知識と知恵でより高い次元に収れんされる必要があります。食物を分け合う、弱い人の立場を思いやる、性欲のためだけではなく愛をもって結婚する。過剰な憎しみや報復を自制するなど、です。その同じ心が、子供を愛を持って養育し、老親をいたわり、仲間や社会を愛し、敵でさえ愛することに繋がって行くのです。
 ふつう、それを教えるのは両親です。両親は子どもに、十分な食物と衣服を与えていれば済むのではありません。ゲームやおもちゃ、高価な学習教材を与えるだけでも不十分です。与えられた者が十分生きるためにも、人間としてどう生きるかを訓戒しなければなりません。神を恐れることを教えなければなりません。

 わが子よ。あなたの父の訓戒に聞き従え。
 あなたの母の教えを捨ててはならない。(8節)
 それらは、あなたの頭の麗しい花輪、
 あなたの首飾りである。(9節)
 わが子よ。罪人たちがあなたを惑わしても、
 彼らに従ってはならない。(10節)

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 一人の子どもが成長するまでには、数々の誘惑があります。まさに、カインに対してそうであったように、罪は戸口で待ち伏せしているのです。(創世記4章7節)

 もしも、彼らがこう言っても。「いっしょに来い。
 われわれは人の血を流すために待ち伏せし、
 罪のない者を、理由もなく、こっそりねらい、(11節)
 よみのように、彼らを生きたままで、のみこみ、
 墓に下る者のように、
 彼らをそのまま丸のみにしよう。(12節)
 あらゆる宝物を見つけ出し、
 分捕り物で、われわれの家を満たそう。(13節)
 おまえも、われわれの間でくじを引き、
 われわれみなで一つの財布を持とう。」(14節)

 私が驚くのは,例えば、よく聞く「いじめ」などでも、一人が一人をいじめたのではないのですね。一対一ではなく明らかに、一人のターゲットを複数の者たちが狙って犠牲にしているのです。
 子どもは弱い存在なので、ふつうの子が誘われて悪に走りやすいのです。

 わが子よ。彼らといっしょに道を歩いてはならない。
 あなたの足を
 彼らの通り道に踏み入れてはならない。(15節)
 彼らの足は悪に走り、
 血を流そうと急いでいるからだ。(16節)
 鳥がみな見ているところで、
 網を張っても、むだなことだ。(17節)

 鳥は、「父の教えに従う賢い者」と解釈するのがよいようです。(新実用聖書注解・いのちのことば社) 賢いものは父の訓戒をよく知っているので、誘惑には陥らないのです。

 彼らは待ち伏せして自分の血を流し、
 自分のいのちを、こっそり、
 ねらっているのにすぎない。(18節)
 利得をむさぼる者の道はすべてこのようだ。
 こうして、持ち主のいのちを取り去ってしまう。(19節)

 結局、悪人は、自分の悪を見透かされて失敗し、みずから命を失うと警告されているのです。


       ★聖書は、新改訳聖書を使っています。





posted by さとうまさこ at 10:25| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする