2015年12月28日

Coffee Break箴言5 あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。(箴言3章1節〜6節)



 わが子よ。私のおしえを忘れるな。
 私の命令を心に留めよ。(箴言3章1節)
 そうすれば、あなたに長い日と、
 いのちの年と平安が増し加えられる。(2節)

 親が子どもを叱る一番の理由は、子供の安全と無事な人生のためではないでしょうか。幼子の時には、熱い鍋に触れるとその手を叩いても止めさせます。箸のような長い尖ったものを振り回して喜ぶ男の子も、口うるさく注意をします。道を歩くとき、階段を昇り降りする時、人ごみを歩くとき、道を横断する時、どれほど親がはらはらと子を見守ったか、子どもはたいてい忘れてしまいますが、けれども子どもはいつの間にか親に叱られたことを身に沁みさせて、無事に、往来を歩くこともできるようになるのです。

 しかし、「箴言」を語る人は単なる親ではありません。神の民であり、神を一番として生きている人なのです。ですから、「親は偉いんだ。親は人生経験があるのだから、言うことを聞け」などと言うスタンスで語っているのではありません。

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 恵みとまことを捨ててはならない。
 それをあなたの首に結び、
 あなたの心の板に書きしるせ。(3節)

 〈恵みとまこと〉はしばしば対になって用いられる表現である。(新実用聖書注解・いのちのことば社)
 神様の、人に対する恵みは、私たちの存在を支える基本ですね。本来受けるに値しない罪ある私たちに、それでも神が下さる物すべてを指すのでしょう。まことは、神が気まぐれではなく確実で信頼できる方であるという神のご性質です。
 神が〈恵みとまことの方〉であることを深く認識し、私たちは、この方との良好な関係を保つことこそ、大切だというのです。

 神と人との前に
 好意と聡明を得よ。(4節)
 心を尽くして主に拠り頼め。
 自分の悟りにたよるな。(5節)

 つぎは、非常に有名な箇所です。

 あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。
 そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。(6節)

 ほんとうにそうですね。「これは今自分が奮い立ってやらなければならないことだ」と思う時でも、むしろ、そのように自分の力を発揮しなければならない時こそ、主を認めなけばならないのでしょう
 主に祈り、主にすがり、最短でまっすぐな道に導いていただくよう祈り続けたいと思います。







posted by さとうまさこ at 10:42| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする