2015年12月30日

Coffee Break箴言7 わが子よ。すぐれた知性と思慮とをよく見張り、これらを見失うな。(箴言3章21節〜35節)




 わが子よ。すぐれた知性と思慮とをよく見張り、
 これらを見失うな。(箴言3章21節)
 それらは、あなたのたましいのいのちとなり、
 あなたの首の麗しさとなる。(22節)

 一般的に、私たちを動かしているものは、知性、意志、感情だと言われます。この三つは、たとえば、バンドル、ブレーキ、アクセルなどと例えられることもあります。何かのアクションには、これらのバランスが欠かせないのです。とりわけ、箴言は知性と意志の力を強調しているように思います。
 感情は放っておいても、流出する情動です。まだ、自分の父と母のこともよくわからず、一言も話せないような乳児でも、空腹や痛み、悲しみに泣きます。まわりのものがあやすとにっこりと微笑みます。
 やがて、快不快に反応するだけでなく、いろんな知的好奇心を働かせて、学び、さらに自分のおかれた状況をにあわせて、自己コントロールができるようになります。また、自分が正しく生きるために分別もついてきます。

 箴言の思想は、この長ずるにつれて発達する知性と分別こそが、神の御心だと言っているようです。
 確かに悪事を犯すとき、つまり悪魔のささやきに思わず耳を傾ける時、人は分別と知性を失っているのです。蛇がそそのかしたとき、知恵の実が「おいしそうに見えた」エバの心中は、本能のままにゆすぶられていたのです。「食べてみたい!」(創世記3章)

 彼らが知恵の実を食べていなかったら、彼らは、自分たちが裸だと気が付くこともなく、神様がお出でになった時に、隠れる必要もなく、さらに、叱責にあって言い訳をしたり、夫婦が互いに陥れあうような醜態を演じることもなかったのです。
 エデンの園を追放されることもなく、恐れなく心地よい眠りについたことでしょう。

 こうして、あなたは安らかに自分の道を歩み、
 あなたの足はつまずかない。(23節)
 あなたが横たわるとき、あなたに恐れはない。
 休むとき、眠りは、ここちよい。(24節)

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 知性と分別がなければ、私たちは簡単に「恐怖にとらわれる」と父は子を諭します。

 にわかに起こる恐怖におびえるな。
 悪者どもが襲いかかってもおびえるな。(25節)
 主があなたのわきにおられ、
 あなたの足がわなにかからないように、
 守ってくださるからだ。(26節)

 ちゃんと努力をして勤勉な生活をし、家庭にも恵まれ、生活的には明日の心配がないはずの人でも、ふいに恐怖に襲われて、夜中に目を覚ますことがあるかもしれません。まったくなんの咎もないのに通りすがりの人に襲われたり、親切顔の人が詐欺師だったりするのですから、百パーセント安全の中に憩える人など、めったにいません。
 私たちにできることは、主が、つねに「わきにいて下さる」と信じられることです。もちろん、それは頭の中だけの思い込みではなく、主との関係をいつもきちんと整えている必要があるのでしょう。

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 つぎは、「主がわきにいて下さる」人の行うべき行動です。

 あなたの手に善を行なう力があるとき、
 求める者に、それを拒むな。(27節)
 あなたに財産があるとき、あなたの隣人に向かい、
 「去って、また来なさい。
 あす、あげよう。」と言うな。(28節)

 その第一が慈善です。豊かであるなら、困っている人を助けるようにと神は仰せなのです。慈善を行うにしても「分別だ」と言わぬばかりに、与えることを引き伸ばしてはいけないと戒めているのです。

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 あなたの隣人が、あなたのそばで
 安心して住んでいるとき、
 その人に、悪をたくらんではならない。(29節)
 あなたに悪いしうちをしていないのなら、
 理由もなく、人と争うな。(30節)

 さらに、大切なのは、人間関係における「悪」です。
 人は、ときに、隣人が平和の中に住んでいることさえ憎むのです。「悪意のない弱い子ども」がいじめの対象となるのは、このような人間の悪によるのでしょう。

 弱くてお人良しの人を、いたぶる反面、強くて暴虐をほしいままにする者をうらやんだりするのも人間です。
 力に飽かしてよい弁護士をつけ、無理な訴訟に勝って大金をせしめたなんて話を聞くと、口で批判していてもうらやんだりすることも多いのです。
 昔なら、腕力のあるものが徒党を組んで露天商から場所代を取ったり、貧しい家の少女をただ同然で買って、遊郭に売り飛ばしたりしたのです。
 聖書の中でも、このような暴虐の者は出てきます。たとえば、アブラハムの甥ロトの家に「神の使い」がやってきたとき、ソドムの住人が大勢で家を取り囲んで「彼らを出せ」と難癖をつけています。同じような話は、士師記にもあります。(創世記19章4節5節、士師記19章22節)

 暴虐の者をうらやむな。
 そのすべての道を選ぶな。(31節)
 主は、よこしまな者を忌みきらい、
 直ぐな者と親しくされるからだ。(32節)
 悪者の家には、主ののろいがある。
 正しい人の住まいは、主が祝福される。(33節)

 強そうに見える暴虐の者に対抗するのは、難しいかもしれません。しかし、主が「直ぐな者」こそ友としてくださることを、忘れてはいけないと思います。
 つぎの言葉にも、私たちは励まされないでしょうか。

 あざける者を主はあざけり、
 へりくだる者には恵みを授ける。(34節)
 知恵のある者は誉れを受け継ぎ、
 愚かな者は恥を得る。(35節)






posted by さとうまさこ at 10:41| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする