2016年01月03日

Coffee Break箴言11 あなたの若い時の妻と喜び楽しめ。(箴言5章1節〜23節)



 あなたの水ためから、水を飲め。
 豊かな水をあなたの井戸から。(箴言5章15節)
 あなたの泉を外に散らし、
 通りを水路にしてよいものか。(16節)
 それを自分だけのものにせよ。
 あなたのところにいる他国人のものにするな。(17節)

 このたとえは、わかる人にはわかるというものでしょうか。夫と妻をそれぞれ「あなたの水ため」になぞらえているのです。カップルのそれぞれは豊かな水源であり、たがいに愛し合うことでその豊かさを堪能することができるのです。それは、じつは、他からうかがい知ることができない神秘です。
 その神秘の世界を通りすがりの相手との間に作ろうとしても、通りに水を流すだけだと言っているのです。

 あなたの泉を祝福されたものとし、
 あなたの若い時の妻と喜び楽しめ。(18節)
 愛らしい雌鹿、いとしいかもしかよ。
 その乳房がいつもあなたを酔わせ、
 いつも彼女の愛に夢中になれ。(19節)

★★★★★

 どんなものが成長するのにも「時間」が必要です。神様の目からご覧になれば、「今日生えて明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ」(マタイ6章34節)です。まして人間関係の成長には時間が必要です。

 ものごとを長く続けるうちには、苦しい場面、嫌な出来事にも遭遇しますが、それを、一人ではなく共に乗り切ったという体験は、得難いものです。しかもそれは、カップルAとカップルBでは全く違う内容だったりするのです。
 いわばせっかく選ばれて宇宙船に乗ることになった同志。しかも、神様があえて、「一人でいるのはよくない」とお造りになった男と女がいっしょになったのですから、その絆を傷つけるような不倫は、とうぜん、神の目に悪なのです。

 わが子よ。あなたはどうして他国の女に夢中になり、
 見知らぬ女の胸を抱くのか。(20節)
 人の道は主の目の前にあり、
 主はその道筋のすべてに心を配っておられる。(21節)

 その結果、人はみずから罪の縄につながれるというのです。
 罪の報酬は「死」であること(新約聖書・ローマ人への手紙6章23節)が、ここでも強調されています。

 悪者は自分の咎に捕えられ、
 自分の罪のなわにつながれる。(22節)
 彼は懲らしめがないために死に、
 その愚かさが大きいためにあやまちを犯す。(23節)








posted by さとうまさこ at 08:52| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする