2016年01月08日

Coffee Break箴言16 銀を受けるよりも、わたしの懲らしめを受けよ。(箴言8章1節〜11節、創世記4章7節〜10節))



 父親は、分別を失いそうな子どもに警告した後、神の知恵について語ります。

 知恵は呼ばわらないだろうか。
 英知はその声をあげないだろうか。(箴言8章1節)
 これは丘の頂、道のかたわら、
 通り道の四つ角に立ち、(2節)
 門のかたわら、町の入口、
 正門の入口で大声で呼ばわって言う。(3節)
 「人々よ。わたしはあなたがたに呼ばわり、
 人の子らに声をかける。(4節)
 わきまえのない者よ。分別をわきまえよ。
 愚かな者よ。思慮をわきまえよ。(5節)

 この箇所は、長い聖書の物語りの、ある個所を想起させます。
 カインがアベルに殺意を抱いた場面・・・!(創世記4章5節)
 知恵はこのように、私たちの行く先々でちゃんと私たちを見ていて、警告を発しているのです。もちろん、カインとアベルの物語と同じく、知恵は神さまの声なのです。
 
 聞け。わたしは高貴なことについて語り、
 わたしのくちびるは正しいことを述べよう。(6節)
 わたしの口は真実を告げ、
 わたしのくちびるは悪を忌みきらうからだ。(7節)
 わたしの言うことはみな正しい。
 そのうちには曲がったことやよこしまはない。(8節)

 ほんとうに仰せのとおり!とひれ伏したいのですが、自分が当事者であって自分が悪に捉えられている時、なかなかそのお声も素直に入ってきません。
 カインは、神の声を聞き入れなかっただけではありません。弟を殺し、殺した後に「あなたの弟はどこにいるのか」と聞かれて、「知りません。私は、自分の弟の番人なのでしょうか」と開き直ったのです。(創世記4章9節)その結果、神から、判決を受けるのです。
 
 「あなたは、いったい何ということをしたのか。聞け。あなたの弟の血が、その土地からわたしに叫んでいる。
 今や、あなたはその土地にのろわれている。その土地は口を開いてあなたの手から、あなたの弟の血を受けた。」(創世記4章10節11節)

 恐ろしい場面です。テレビの「怪談番組」などよりよほど恐ろしいものが見えて来そうです。もちろん、嫉妬に狂って弟を殺したカインもたちまち震え上がって、神様に命乞いをするのです。
 はじめに神が警告された時にその声に従っていれば、すべては違っていたのです。

★★★★★

 これはみな、識別する者には、正直、
 知識を見いだす者には、正しい。(9節)
 銀を受けるよりも、わたしの懲らしめを受けよ。
 えり抜きの黄金よりも知識を。(10節)
 知恵は真珠にまさり、
 どんな喜びも、これには比べられないからだ。(11節)

 神の声(知識と知恵)を聞くことは、銀や黄金、真珠に勝ると仰せなのです。
 嫉妬や怒りなどは、たぶん人間が内蔵しているマッチみたいなものなのでしょう。人の心は暗いので、ちょっとしたきっかけで、私たちは火を点けてみたくなるのです。でも、神がすぐに近づいて声を掛けて下さるのではないでしょうか。
「さあ、その火を消しなさい。わたしを見上げてごらん。」

 ところが、ひとたび燃え上がってマッチの火を私たちは見詰めてしまうのです。戸口で待ち伏せしているサタンが、執拗にささやきます。
「そうだ。あなたは正しい。さあ、私について来なさい。銀を上げよう!」

  

 

posted by さとうまさこ at 10:28| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする