2016年01月12日

Coffee Break箴言20 「わきまえのない者はだれでも、ここに来なさい。」(箴言9章1節〜9節)



 箴言9章は、箴言1章8節〜8章の終わりまでに述べられたことの「まとめ」です。

 知恵は自分の家を建て、
 七つの柱を据え、(箴言9章1節)
 いけにえをほふり、ぶどう酒に混ぜ物をし、
 その食卓も整え、(2節)
 小娘にことづけて、
 町の高い所で告げさせた。(3節)

 知恵である神はりっぱな家を立て、十分な食事を支度して、私たちを招いてくださったというたとえです。

 「わきまえのない者はだれでも、
 ここに来なさい。」と。
 また、思慮に欠けた者に言う。(4節)
 「わたしの食事を食べに来なさい。
 わたしの混ぜ合わせたぶどう酒を飲み、(5節)
 わきまえのないことを捨てて、生きなさい。
 悟りのある道を、まっすぐ歩みなさい。」と。(6節)

 招かれているのは、「わきまえのない者はだれでも」なのです。じつは、人間はみんなわきまえのない者なので、全員が招かれているのです。混ぜ合わせたぶどう酒は、あるいは、「水で割ったぶどう酒」かもしれません。当時、ぶどう酒は水で割って飲んだ(新聖書辞典P1081・いのちのことば社)とのことですから、その意味かもしれません。
 ぶどう酒も、アルコール度は日本酒と同じくらいですから、水で割らないと酔っぱらう可能性があります。知恵を聞くときに酔っぱらっているのは良くないから、この「混ぜ物」は、水が近いとさとうは、推測します。

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 あざける者を戒める者は、自分が恥を受け、
 悪者を責める者は、自分が傷を受ける。(7節)

 ここは裏返せば、愚か者や悪者を戒めても、逆恨みをされ、逆襲されるだけだと言っています。
 豚に真珠を投げてはいけないと、イエスさまも仰せです。(マタイの福音書7章6節)

 あざける者を責めるな。
 おそらく、彼はあなたを憎むだろう。
 知恵のある者を責めよ。
 そうすれば、彼はあなたを愛するだろう。(8節)

 とても世俗的な知恵ですが、世俗を生きる私たちには大切な戒めかもしれません。
 人をあざけるような者は、そもそも愚か者なのでしょう。そのような人間を諭したり、責めたりしても、無意味なのです。
 責めるなら「知恵のある者」である。つまり、非を指摘されて、責めた人を愛するのは、知恵のある人なのです。

 知恵のある者に与えよ。
 彼はますます知恵を得よう。
 正しい者を教えよ。
 彼は理解を深めよう。(9節)

 こうして見ると、知恵のある人はますます知恵を得るというわけです。








posted by さとうまさこ at 11:26| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする