2016年01月17日

Coffee Break箴言25 主の祝福そのものが人を富ませ、(箴言10章22節〜32節)



 主の祝福そのものが人を富ませ、
 人の苦労は何もそれに加えない。(箴言10章22節)


 正しい者のくちびるがテーマとなっていますが、人を養う言葉を発揮できるのは、主の祝福であると言うのですね。苦労や苦心で、何とか人を喜ばせようと思っても、主が祝福して下さらなければ「裏目に出る」なんてことは、だれでも経験があるのではないでしょうか。

 愚かな者には悪事が楽しみ。
 英知のある者には知恵が楽しみ。(23節)
 悪者の恐れていることはその身にふりかかり、
 正しい者の望みはかなえられる。(24節)
 つむじ風が過ぎ去るとき、悪者はいなくなるが、
 正しい者は永遠の礎である。(25節)

 人間はしばしば能力を人間の価値観で測ります。ですが、箴言は、愚か者に、「英知のある者」を対比しています。神様からの知恵をいただいて言葉を発すれば、主が祝福して下さることを、「体験」するのが「英知のある者」です。

 思うような結果が出なかったときに「悪知恵」を働かせるのが、人間の知恵です。
 以前、何かで読んだのですが、アメリカでの話です。だんだん客が少なくなってきた田舎のレストランで、それでも主人はおいしい食事を出そうと工夫して頑張っていました。ある時、都会で良い仕事についている学歴のある息子が父親のレストランを見て、提案しました。
 「世の中はどんどん不況になっているんだ。こんな時代に出血サービスみたいなことをしていたら、競争に勝ち抜けないよ。もっとコストを意識してもうけを確保しなければいけない。材料の質を落として、ウエイトレスの数も減らして、カットできるサービスはカットするべきだ。いまの世の中、悪いほうに向かっているんだから。」
 父親は、優秀な息子の意見を入れて料理を変え、値段もサービスも変えました。案の定、客が減り始めました。どうにもならなくなって店を閉めることになりました。
父親は、頷いて言いました.「やっぱり、息子の言うとおりだ。大不況がやってきた!」

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 使いにやる者にとって、なまけ者は、歯に酢、目に煙のようなものだ。(26節)
 主を恐れることは日をふやし、
 悪者の年は縮められる。(27節)
 正しい者の望みは喜びであり、
 悪者の期待は消えうせる。(28節)
 主の道は、潔白な人にはとりでであり、
 不法を行なう者には滅びである。(29節)
 正しい者はいつまでも動かされない。
 しかし悪者はこの地に住みつくことができない。(30節)

 不況や不運が来たときに、「最短距離でそれを克服したい」のが、人間の知恵です。先の息子の提案のように、儲けがないならコストをカット。というわけです。しかし、主にお伺いを立てたら,もっと違う答えが出てくるかもしれません。
 たとえ、結果は同じ、「閉店」になっても、「正しく行ったのであれば」望みがあるのです。しかし、自分の知恵で、ただ、コストやサービスを切り詰めて、それでもだめだった場合は、その先があるでしょうか。

 同じ「行き止まり」でも、神様に信頼していれば、「その先」に神を見ることができます。
 正しい者は、そこから神の声を聞くことができます。まさに、神の知恵をいただくことができる、とこの訓戒は、語っていると思います。

 正しい者の口は知恵を実らせる。
 しかしねじれた舌は抜かれる。(31節)
 正しい者のくちびるは好意を、
 悪者の口はねじれごとを知っている。(32節)

 







posted by さとうまさこ at 09:04| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする