2016年01月18日

Coffee Break箴言26 正しいおもりは主に喜ばれる。(箴言11章1節〜3節)



 欺きのはかりは主に忌みきらわれる。
 正しいおもりは主に喜ばれる。(箴言11章1節)

 聖書は、何度も、はかりや重りについて、正しい物を使うように戒めています。(レビ記19章35節、36節 申命記25章13節〜16節)

 私個人は、数字で測られたり、数字に還元されたりするのは好きではありません。身長・体重、スリーサイズだけで、美人かどうかは、邪悪かどうか、健康かどうか、だれにもわかりません。精密な血液検査をすれば隠れた病気が発見されるかもしれませんが、「それで、どうなの?」と考えられなくはありません。

 それでも、物を買うときは、数字抜きでは考えられません。値段を見ますし、量を見ます。日付も時間も気にします。社会生活では、「数字」は人と人との間の大きな了解事項です。私たちは何時間働けばいくらの賃金かも考えて行動しています。待ち合わせの時刻は、自分だけの時計ではなく、日本の標準時に従います。はかりや時計が狂っていたら、社会生活は成り立ちません。とくに、はかりは売買するときの信頼のいしずえです。
 
 旧約聖書の時代は、庶民が日常使うのは、桝、棹(さお)ばかり、天秤、測りなわでしょうか。
 棹ばかりと天秤はもともとは原理的には同じで、一方の端に重りを、もう一方に、測る物を乗せたのです。ですから、最初から重りに不正があると、とうぜん売り物の量も違ってきます。そのごまかしは不正な利益です。神は、そのような不正を嫌われるのです。
 
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 高ぶりが来れば、恥もまた来る。
 知恵はへりくだる者とともにある。(2節)

 一度も恥をかかないで、一生を終えることは難しいかもしれません。けれども、恥の中でももっとも恥ずかしいのは、たかぶりが招いた恥ではないでしょうか。「自分は上席にすわって当然」だと考えていたら、自分より身分の上の人が来て立ち退きを迫られると、赤恥をかくことになります。
 自分は物知りだと思って、知識をひけらかしていると、もっと知識のある人が黙って笑っているかもしれません。あるいは、「それは違いますよ」とはっきり正されて、恥かしい思いをするかもしれません。

 神様を見あげていつも神様の完璧さに伺っていれば、少なくとも「へりくだる」知恵がつきます。すると、恥もかかず、神もお喜びになるのです。

 直ぐな人の誠実は、その人を導き、
 裏切り者のよこしまは、その人を破滅させる。(3節)

 結局まっすぐに誠実に生きていれば、良いほうに導かれるのです。目先の利益につられて、人を裏切るような「よこしま」は、最終的には。人を破滅させると,箴言は警告しています。





posted by さとうまさこ at 10:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする