2016年01月19日

Coffee Break箴言27 財産は激しい怒りの日には役に立たない。(箴言11章4節〜14節)



財産は激しい怒りの日には役に立たない。(箴言11章4節a)

 箴言10章15節には、「富む者の財産はその堅固な城」とあります。11章4節aは、それと反対の意味のようにも見えます。しかし、ここでの財産は、神の正義に対比されています。一方、10章15節は、財産を単純に貧困に対置させています。確かに、経済的な側面だけをいうなら、財産は貧困をおおうのです。途上国の問題のほとんどは貧困からきていますし、テロ組織に取り込まれる若者のほとんどは、貧しさの中で、差別や社会の矛盾に憤っている人です。
 箴言は一歩踏み込んで言います。

しかし正義は人を死から救い出す。(b)

 社会運動に加わるにも、「正義」がなくてはならないのです。もちろん、神の正義です。
 神の訓戒は、次のように約束しています。

潔白な人の道は、その正しさによって平らにされ、
悪者は、その悪事によって倒れる。(5節)
直ぐな人は、その正しさによって救い出され、
裏切り者は、自分の欲によって捕えられる。(6節)
悪者が死ぬとき、その期待は消えうせ、
邪悪な者たちの望みもまた消えうせる。(7節)
正しい者は苦しみから救い出され、
彼に代わって悪者がそれに陥る。(8節)

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神を敬わない者は
その口によって隣人を滅ぼそうとするが、
正しい者は知識によって彼らを救おうとする。(9節)

 「その口」とは、「人間の考え」と同義ではないでしょうか。神に聞かず、自分の考えで発信する行動のすべてです。陰口やゴシップ、偽りの証言、攻撃的なデマ、いろんな奸計、究極には、銃弾や爆弾で隣人を殺傷する「口」です。
 私たちは、じれったくても、「神の知識」によって、立ち向かわなければならないのでしょう。それが、結局、人を救うことになるというのです。

町は、正しい者が栄えると、こおどりし、
悪者が滅びると、喜びの声をあげる。(10節)
直ぐな人の祝福によって、町は高くあげられ、
悪者の口によって、滅ぼされる。(11節)

 できるなら、神を見あげる者として「正しい者」でありたいと思います。悪者が滅びて喜びの声を上げることができるように、直ぐな人でありたいですね。
 問題は、自分が完全に潔白だとは言いきれないことです。キリスト者である津森、聖書を読んでいるつもりでも、その自分もまた、町を滅ぼす「悪者の口」に加担しないとは言い切れないことです。

 ナチスが起って勢力を増していくときのドイツの民衆のほとんどは、日曜日には教会に行っているような人たちだったでしょう。しかし、彼らがヒットラーを支持し、ヒットラーの尖兵となってユダヤ人を攻撃し、ユダヤ人から奪い、ユダヤ人をガス室に送った歴史を思い出します。

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隣人をさげすむ者は思慮に欠けている。
しかし英知のある者は沈黙を守る。(12節)
歩き回って人を中傷する者は秘密を漏らす。
しかし真実な心の人は事を秘める。(13節)
指導がないことによって民は倒れ、
多くの助言者によって救いを得る。(14節)

 指導とは、「神に聞く方法」についての指導でしょうか。箴言の著者は、民が倒れないために「指導」をしているのです。多くの助言者がこの書物にいて、聞く人に「救いを得させる」のです。







posted by さとうまさこ at 10:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする