2016年01月20日

Coffee Break箴言28 義を追い求める者はいのちに至り、悪を追い求める者は死に至る。(箴言11章15節〜22節)



 他国人の保証人となる者は苦しみを受け、
 保証をきらう者は安全だ。(箴言11章15節)


 保証人になることは、被保証人の負債を共同で負うようなものです。お金の貸借や人の雇用関係など、現代の日本でも「保証人」を立てるのは常識になっているのではないでしょうか。とくに資産のある人や収入の多い人は、「しっかりした保証人」として歓迎されます。万一、債務者がお金を返せない時でも、保証人から取り立てることができるからです。
 これは、古代からある人間の知恵なのですね。箴言は6章冒頭でいきなり、保証人になって債務を負ってしまった時の心構えが説かれています。(箴言6章1節〜5節)

 あなたは隣人の手に陥ったのだから、
 行って、伏して隣人にしつこくせがむがよい。
 かもしかが狩人の手からのがれるように、
 鳥が鳥を取る者の手からのがれるように、
 自分を救い出せ。
 
 そして、ここ11章では、そんな苦しみを受けないためにも、「最初から保証人になる」と戒めています。

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 優しい女は誉れをつかみ、
 横暴な者は富をつかむ。(16節)
 真実な者は自分のたましいに報いを得るが、
 残忍な者は自分の身に煩いをもたらす。(17節)

 「優しさ」や「真実」に、「横暴」や「残忍」が対比されています。

 悪者は偽りの報酬を得るが、
 義を蒔く者は確かな賃金を得る。(18節)
 このように、義を追い求める者はいのちに至り、
 悪を追い求める者は死に至る。(19節)

 ここでは、悪者と対極は「義」であることがわかります。義は神が求めておられる正義です。義を求めることは、神を求めることと同じです。結果、「いのちに至り」、かたや悪を追い求める者は死に至るのも当然かと思われます。

 心の曲がった者は主に忌みきらわれる。
 しかしまっすぐに道を歩む者は主に喜ばれる。(20節)
 確かに悪人は罰を免れない。しかし正しい者のすえは救いを得る。(21節)

 「義を求める者」と「悪を求める者」が、別の表現で語られています。「心の曲がった者」「まっすぐに道を歩む者」です。

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 美しいが、たしなみのない女は、
 金の輪が豚の鼻にあるようだ。(22節)

 この表現は辛辣ですね。確かに、女性の美しさはある種の付加価値です。とくに、若い女性の美しさは、夢や想像力をかき立てる宝石や金に匹敵します。「天使のような」「妖精のような」「この世の物とも思われない」美貌と遭遇すると、だれでも、その姿の奥に、生身の肉体があって胃や腸が動いているのを忘れてしまいそうになります。

 でも、表面的な美しさがもたらすまぼろしは、一瞬にして消えてしまうことがあります。それが、「たしなみのなさ」だと、語られます。現代の言葉で言えば、「しらけさせる」「ドン引きされる」態度やふるまいが一瞬にして、女を豚に見せてしまうというのです。
 「うわべを見がちな」人間でもが、やっぱり心を見るのは、やはり。人間は、神に造られたからでしょうか。、Tサムエル記16章7節)
 「若い女性」でなくても、「女性」でなくても、心したい言葉だと思います。







 

posted by さとうまさこ at 10:54| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする