2016年01月24日

Coffee Break箴言・32 愚か者は自分の道を正しいと思う。(箴言12章15節〜22節)



 愚か者は自分の道を正しいと思う。
 しかし知恵のある者は忠告を聞き入れる。(箴言12章15節)
 愚か者は自分の怒りをすぐ現わす。
 利口な者ははずかしめを受けても黙っている。(16節)

 またしても、愚か者と知恵ある者の対比です。じつに、この通りで、私も「耳が痛い」ですね。自分の間違いを指摘されると、つい「でも」と言いそうになります。「こっちの言い分も聞いてよ」「事情を知らないくせに」とか、思うのです。でも、「でも」をちょっと飲み込むだけでも愚か者から、少し遠ざかることができるのでしょうか。
 「怒ないのは利口」「怒ないのはバカ」と聞いたことがあります。たしかに、直ぐにカッとなって怒りを抑えられない人は愚かです。必要な時だけ「怒る」のはなかなか難しいのですが、「はずかしめを受けても(自制して)だまっているなら、それは最善なのだ」と、箴言は言います。

 真実の申し立てをする人は正しいことを告げ、
 偽りの証人は欺き事を告げる。(17節)

 怒りを表わすより、真実を明らかにすることの方が大切ですね。必要な時には、私たちは、犠牲を払っても真実を申し立てなければなりません。たとえば、濡れ衣をきせられたとき、明らかに損害をかけられた時などです。
 また、そのような申し立てのさばきがあった時、証人として呼ばれたら真実を告げることは、神の前に当然です。冤罪事件に巻き込まれた人のために勇気をもって証言して上げることとか、会社や組織の悪を内部告発することは勇気が必要ですが、それは愚か者にならないことです。

★★★★★

 軽率に話して人を剣で刺すような者がいる。
 しかし知恵のある人の舌は人をいやす。(18節)
 真実のくちびるはいつまでも堅く立つ。
 偽りの舌はまばたきの間だけ。(19節)

 またしても、口の戒めです。本当に、言葉には気をつけなければいけないと思い知らされます。イエスさまも仰せです。「外側から人に入って、人を汚すことができる物は何もありません。人から出て来るものが、人を汚すものなのです。」(マルコの福音書7章15節)
 たしかに、「口がうまい人」は一時的に、うまく世渡りできるかもしれません。ことばを聞いて信用することは多いのです。ところが、長く付き合っていると、いわゆる「化けの皮がはがれる」経験をすることは良くあるのではないでしょうか。それはもちろん、自分についても言えます。「長く付き合っても変わらない」と思わせる人こそ、価値があるのでしょう。

 悪をたくらむ者の心には欺きがあり、
 平和を図る人には喜びがある。(20節)
 正しい者は何の災害にも会わない。
 悪者はわざわいで満たされる。(21節)
 偽りのくちびるは主に忌みきらわれる。
 真実を行なう者は主に喜ばれる。(22節)

 結局のところ、私たちは、目先の利益ではなく、「主に喜ばれる」よう真実を語らなければならないと戒められています。








posted by さとうまさこ at 11:24| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする