2016年01月26日

Coffee Break箴言・34 自分の口を見張る者は自分のいのちを守り、くちびるを大きく開く者には滅びが来る。(箴言13章1節〜3節、新約聖書・ヤコブの手紙3章5節〜8節



 知恵のある子は父の訓戒に従い、
 あざける者は叱責を聞かない。(箴言13章1節)


 父の訓戒とは、「耳の痛い」ものなのでしょう。自由わがままに、確かに感性と情動の赴くままにふるまうと楽です。幼子は、すべてに自己中心で、情動の命じるまま「小さな暴君」として振る舞います。成長するにつれてそのような「天真爛漫」が許されないことを学びます。それが、しつけであり、訓戒です。訓戒を受けて作り変えられていくのを、知恵を得ることだと、箴言は言います。
 他方、訓戒をあざけって、少しも、大人になれない人もいます。

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人はその口の実によって良いものを食べ、
 裏切り者は暴虐を食べる。(2節)


 またしても、口についての訓戒です。考えてみると、ある人の人柄や思いを知るのは、結局、その人が発する言葉によっています。他人から信頼されるのも、憎まれるのも、陥れられるのも、言葉によるのです。
 裏切り者は、NAS訳で「不実な」(treacherous)という言葉が使われていますが、言葉に対して不実であることでしょう。不実であることは、人に対して暴虐であることと同じなのです。

 失言で評判を落とすのは、だれにでもあり得ることです。人の心には、つねにサタンが働きかけていますから、よほど自制していても、人は「言うべきでない」ことを言ってしまいます。
 もし、発言する人が力のある人なら、その場では反論を返されることはないでしょう。けれども、人々の記憶に残り、心に恨みの種を蒔き、それは「不信の」芽を出し、少しずつ成長し、そこにまたサタンが住みつき、ある日、種を蒔いた人に復讐するよう、働くでしょう。

 自分の口を見張る者は自分のいのちを守り、
 くちびるを大きく開く者には滅びが来る。(3節)

 口(舌)については、ヤコブは次のように、警告しています。

「同様に、舌も小さな器官ですが、大きなことを言って誇るのです。ご覧なさい。あのように小さい火があのような大きい森を燃やします。
舌は火であり、不義の世界です。舌は私たちの器官の一つですが、からだ全体を汚し、人生の車輪を焼き、そしてゲヘナの火によって焼かれます。
どのような種類の獣も鳥も、はうものも海の生き物も、人類によって制せられるし、すでに制せられています。
しかし、舌を制御することは、だれにもできません。それは少しもじっとしていない悪であり、死の毒に満ちています。 」(新約聖書・ヤコブの手紙3章5節〜8節)。











posted by さとうまさこ at 10:28| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする