2016年01月27日

Coffee Break箴言・35 富んでいるように見せかけ、何も持たない者がいる。箴言13章4節〜8節)



 なまけ者は欲を起こしても心に何もない。
 しかし勤勉な者の心は満たされる。(箴言13章4節)


 箴言は、正反対の価値を持つ二つの言葉を対比することで、難しい真実をわかりやすく語ろうとしています。
 「なまけ者」と「勤勉な者」、「正しい者」「悪者」、「富み」「貧しさ」、「利口な者」「愚か者」など、枚挙にいとまがありません。
 これらの言葉の結果も、はっきりと色分けされています。なまけ者は、「心に何もなく」勤勉な者は「心が満たされている」のです。心と言うのが、鋭いですね。「倉」だとか「貯金通帳〉ではないのです。

 正しい者は偽りのことばを憎む。
 悪者は悪臭を放ちながら恥ずべきふるまいをする。(5節)
 正義は潔白な生き方を保ち、
 悪は罪人を滅ぼす。(6節)

 正義と悪についても繰り返し説かれています。たしかに、世の中には多様な価値観があり、すべての人の利害が一致するわけではありません。誰の心にも偏見があり、完全に公正な意見もないでしょう。大切なことは、自分の考えや立場を自覚して変わらない意見を出すこと、その意見を常に神様の基準と照らし合わせることで調整して行くことではないでしょうか。自分の都合で、あるいは相手や状況によって行いや意見が変わって行くだけのカメレオン人間は、「悪臭を放ちながら恥ずべきふるまいをする」ことになるのです。

 罪を犯せば、結局その罪が、罪人を裁き、滅ぼすことになるのです。

★★★★★

 富んでいるように見せかけ、
 何も持たない者がいる。(7節a)


 富と貧しさ、この問題は今日でも、もっとも多くの人の関心事でしょう。神を信じる人も、無神論者も、男も女も、日本人もアメリカ人も、キリスト者もモスリムも仏教徒もヒンズーも、この世を生きているかぎり、財政経済にまったくかかわりのない人はいないからです。世界のニュースは財政問題を軸に回っていると言ってもよいかもしれません。
 でも、富んでいることと貧しいことを、たんなる物質的、計数的側面ではない掘り下げをすることこそ、「神の視点」で、私たちが耳を傾けなければならないことばなのではないでしょうか。

 貧しいように見せかけ、
 多のく財産を持つ者がいる。(7節b)
 富はその人のいのちの身の代金である。
 しかし貧しい者は叱責を聞かない。(8節)

 富が重要なのは、今夜のパンが一切れ多くなるからではないようです。
 それについては、じっくり考えてみたいと思います。






posted by さとうまさこ at 10:54| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする