2016年01月29日

Coffee Break箴言・37 期待が長びくと心は病む。(箴言13章12節〜20節、Tヨハネの手紙5章14)




 期待が長びくと心は病む。
 望みがかなうことは、いのちの木である。(箴言13章12節)

 これは、一般的には事実です。心理学や精神医学の本にも、「心の病」は、元を正せば「期待が長引いている」ところから起きていると語っていると思えます。たとえば、幼少期に親の暖かさを「期待したまま」与えられないと、大人になってからも「その歪み」で苦しむことになる、などです。人生は、ある意味では、「期待外れは」の連続ですから、「ある期待外れ」を、別の「期待の成就」に転換することができないと、心は苦しみ、やがて病むのでしょう。
 ここで、この言葉を語る父親は、「だから、子供の望みは何でも叶えてやらなければならない」と言っているのではないでしょう。むしろ、期待をコントロールすること、上手に自分の望みを叶えていくことの大切さを、語っているのではないでしょうか。

 期待を成就させる方法も大切です。すべて環境(外界)に期待するだけの態度では、「期待の結実」を引き寄せることはできません。
 親や友人や会社や時代や気象条件など、私たちは、非難するつもりなら、いくらでも自分の前途を阻んだ原因を、何者かのせいにできます。しかし、親が教えなければならないのは、自分の内側に確固としてゆるぎのない「期待のエネルギー」をもっていることなのです。
 それは、箴言の神髄「神を恐れることは知識の始め」ということではないでしょうか。人間的な目で見ると、期待は先延ばしになるとしても、神の存在している世界を思えば、期待はすでに叶えられているのです。新約の民は、だからこそ、キリストを信じ、永遠のいのちを信じているのです。

 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。(Tヨハネの手紙5章14節)
 
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 みことばをさげすむ者は身を滅ぼし、
 命令を敬う者は報いを受ける。(13節)

 期待を結実させる方法は、みことばを信じ命令を敬うことだと言うのです。

 知恵のある者のおしえはいのちの泉、
 これによって、死のわなをのがれることができる。(14節)
 良い思慮は好意を生む。
 裏切り者の行ないは荒い。(15節)
 すべて利口な者は知識によって行動し、
 愚かな者は自分の愚かさを言い広める。(16節)

 聖書では、「利口」の意味は、たんに「才気がある」「小賢しい」ことではないのですね。神のことば――知恵によって生きることが大切だと、繰り返し勧められています。
 「ぼろが出る」と言う慣用句がありますが、人間的な賢さだけでは、どこかで「愚かさ」が出てくるのです。そんなことにならないように、訓戒は繰り返し、知識に忠実であるように語ります。

 悪い使者はわざわいに陥り、
 忠実な使者は人をいやす。(17節)
 貧乏と恥とは訓戒を無視する者に来る。
 しかし叱責を大事にする者はほめられる。(18節)
 望みがかなえられるのはここちよい。
 愚かな者は悪から離れることを忌みきらう。(19節)
 知恵のある者とともに歩む者は知恵を得る。
 愚かな者の友となる者は害を受ける。(20節)

 「望みがかなえられるのはここちよい」は、「期待が長引いてこころが病む」との、反対です。それでも、愚か者は、自分のやり方から離れることはできません。
 そればかりか、そのような愚か者とつきあっていると、悪の影響を自分も免れないのです。







 

posted by さとうまさこ at 10:18| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする